ツール・ド・フランス2026 Stage 192026年7月25日文: Grand Tour Hub 管理人

アルプ・デュエズで絶対王者が逃げも31年前の記録も飲み込んだ

ギャップ → アルプ・デュエズ 127.9km(山岳。スタート直後に2級バヤール峠、1級ノワイエ峠、2級オルノン峠を越え、最後はツール4年ぶり登場の超級アルプ・デュエズ——21のヘアピンを刻む13.8km・平均8.1%の山頂フィニッシュ。獲得標高3,500m)

ツール史上初の、アルプ・デュエズ2日連続ゴールの初日。42人の大逃げから頂上決戦に残ったのは、カラパス、クス、マルティネスの3人でした。しかし互いを警戒して見合う3人の後ろから、麓で3分25秒あった借金を21のカーブで食い尽くしたマイヨ・ジョーヌが、残り1kmで全員を置き去りにします。登坂タイムは35分27秒——1995年にパンターニが刻んだ大記録が、31年ぶりに塗り替えられました。ただ、その熱狂の裏で、観客が招いた急ブレーキがひとりの選手のツールを終わらせてもいます。

21S2HC
スタート直後から2級バヤール峠(4.7km・平均7.2%)、続けて1級ノワイエ峠(7.2km・8.5%)を越えて谷へ。登り基調の中間スプリントから2級オルノン峠(5.4km・6.4%)をこなすと、最後は21のヘアピンを刻む超級アルプ・デュエズ(13.8km・平均8.1%)の山頂へ——わずか127.9kmに獲得標高3,500mを詰め込んだ一日 2級山岳 バヤール峠5km地点 1級山岳 ノワイエ峠25km地点 中間スプリント89km地点 2級山岳 オルノン峠99km地点 超級山岳 アルプ・デュエズゴール地点

📊 今日のデータ

シーズン集計を見る →
スタート晴れ 31.2℃・風5.6m/s
ゴール晴れ 21℃・風3.2m/s
逃げ42人 → 捕獲(残り1.7km)
決着独走(タデイ・ポガチャル)
総合タデイ・ポガチャルが首位堅持(+431秒)
完走160 / 162人
登坂記録アルプ・デュエズ(超級) 35:27・VAM 1,882m/h(タデイ・ポガチャル)
敢闘賞リチャル・カラパス(#41・EF Education–EasyPost)

スタートと同時に峠——42人の「ほぼプロトン」

この日はスタートの合図が、そのまま登り開始の合図でした。旗が振られた地点から2級バヤール峠(4.7km・平均7.2%)が始まるのです。スプリンタたちは開始数分で集団後方へ沈み、前ではヒーリクイジー=ウェストビアス・ヨハンネセの4人が最初に抜け出しました。そこへ次から次へと選手が流れ込み、固まった逃げはなんと42人。もうひとつのプロトと呼びたくなる大所帯です。事件はその中身でした——総合7位のマルティネが、するりと紛れ込んでいたのです。総合首位から12分50秒差とはいえ、順位表の上半分にいる男を放し飼いにはできません。もっともリドル・トレックはまず、同じく逃げに乗ったマイヨ・ヴェーピーダスのために働きます。89.4km地点の中間スプリンをピーダスンが誰にも争われず先頭通過して25点——持ち点は477から502に伸び、集団から出られなかったフィリプセとの差は32点から57点へ開きました。緑の任務はそこで完了。リドルは仕事を「総合のスケルモーアユをマルティネスから守ること」に切り替えて集団の先頭に人を送り、総合8位ピドコッを抱えるピナレロ・Q36.5も追走に加わります。最大4分25秒あった逃げの貯金は、そこから慎重に管理され始めました。ちなみに、この日も逃げの先頭で働き続けたヒーリーは、オルノン峠を前に静かに腰を上げて集団に吸収されるのを待ちました。今大会、何度も見た働き者の後ろ姿です。

エースなきヴィスマ、4人がかりの逃げ

その42人の中で、ひときわ組織立って動くチームがありました。第15ステージの落車で総合2位のヴィンゲゴを鎖骨骨折で失って以来、狙いをステージ勝利に切り替えたヴィスマ・リースアバイクです。この日はジョーゲンソピガンゾーアルミライの4人を逃げに送り込み、そろって隊列の先頭で牽引を始めました。チームカーの無線も上機嫌です。「いいぞ、実にいい、実に強い仕事だ。その調子で!」。狙いはただひとつ——2021年以来、5年間ツールの勝利から遠ざかっているクスを、アルプ・デュエの頂上へ最高の位置で送り届けること。フランスTT王者に3度輝いた大エンジン、アルミライユは谷でも峠でも先頭を牽き続けました。中間スプリント後の登り基調で意外にもジョーゲンソンが、オルノン峠でピガンゾーリが隊列から落ちても、その牽引は止まりません。そしてアルプ・デュエズの入り口に最初に飛び込んだのも、クスを従えたアルミライユでした。そこで彼の一日は完了。静かに隊列の後ろへ流れていきました。リザルトには残らなくても、この日のヴィスマの物語は彼なしでは始まりませんでした。ただ、チームにはもうひとつの報せがあります。序盤のバヤール峠から苦しんでいたアッフィが、残り約60km地点でバイクを降りたのです。理由は発表されていません。ヴィンゲゴーに続く、今大会2人目の離脱でした。

出典:Cyclingnews: As it happened - Alpe d'Huez the setting for epic battle on stage 19

三つ巴は見合い、頂は逃げた——「6分必要だったんだ」

アルプ・デュエズの麓に、逃げは15人・貯金3分25秒で到達しました。つづら折りが始まるとすぐアレンスマが仕掛け、マルティネ、そして前日覇者のカラパが合流。やがて先頭はこの3人になり、カラパスが繰り返しアタックしては、千切れたクスが自分のリズムで戻ってくる我慢比べが始まります。戻ったクスが逆に仕掛ける場面もありました。それでも、誰も抜け出せません。3人とも勝ちたいからこそ、誰も先頭で風を受け続けたくないのです。残り3km、ついにカラパスが単独で抜け出しました——けれどその頃には、黄色いジャージが背後に迫っていました。「彼はたぶん麓から仕掛けてくる。そうなると、6分くらい必要なんだ」とクスは振り返ります。「麓の時点でいいメンバーには絞れていた。でもタイム差を見て、際どいと分かった。走りはストップ・アンド・ゴーの連続で、アタックばかり。みんなそれぞれバラバラで、誰も本気で協調しようとはしなかった」。クスは1分14秒差の4位。それでも彼の登坂タイムはこの山の歴代4番目で、この日の先頭4人がそのまま史上最速の4本を刻んだことになります。「僕はあの2人ほど爆発力のあるタイプじゃない。でも自分の走りには満足しているよ」——31歳のスーパー・ドメスティーの視線は、もう明日の同じ山へ向いています。そしてこの日、もうひとつの決着がつきました。山岳賞です。朝の持ち点はポガチャ70、パレパント69、カラパス63。バヤールとノワイエを先頭で越えたパレパントルは15点を積んで84点としたものの、オルノン峠で力尽きて遅れます。カラパスは2つの峠の2位通過で11点、誰もいなくなったオルノンの先頭通過で5点、そして区間3位の12点——合計28点を積み上げて91点。山頂の20点で90点としたポガチャルを、ついに1点だけ上回りました。第14ステージから続く水玉の争奪戦で、カラパスが初めて順位表の首位に立ったのです。攻め続けたエクアドル人に、審査員は2日連続となる敢闘も贈りました。

🔰 初心者向けメモ: 登りでも「風よけ」は効く

空気抵抗との戦いは、平坦やスプリントだけの話ではありません。速度が時速20km前後まで落ちる急坂でも、前の選手の背中に入れば負担は目に見えて軽くなります。クス自身も「登りとはいえ、ここはかなりドラフティング(風よけ)の効く山だから、最後はずいぶん駆け引きの展開になった」と語りました。だから全員が勝ちを狙う少人数の先頭では「誰が風を受けるか」の牽制が生まれ、アタックと様子見の繰り返しで平均速度が落ちていきます。その間、後ろから来る単独の追走者は、駆け引きなしで自分の限界のリズムを刻み続けられる——「3人が1人に追いつかれる」逆転劇の力学です。

出典:Cycling Weekly: 'You probably need six minutes' - Sepp Kuss tries but can't resist Tadej Pogačar

3分25秒の借金、35分27秒の答え

その追走者の一日を、麓から巻き戻しましょう。UAEチーム・エミレーツ・XRGはこの数日、チーム内を巡る病に苦しんできました。それでもこの日は集団のコントロールを握り続け、オルノン峠ではグロースシャルトナの牽引で総合勢を10人ほどまで絞り込みます。そしてアルプ・デュエズ。2022年にこの山を制したピドコッが、続いてアユが千切れた直後、マイヨ・ジョーポガチャが腰を上げました。誰もついて行けません。数百m前には、逃げから降りてきた味方が待っていました。数日前まで体調不良に苦しんでいたイェーです。回復途上の脚で数百mだけ全力で王者を牽き、役目を終えて離れました。あとは頂上までの独走です。先頭との差は、残り10kmで2分30秒。観客の壁を時に手で押しのけながらカーブを刻むたびに、数字が溶けていきます。フェンスが現れた残り4kmで22秒。残り3kmを前にを、続いてマルティネを抜き去り——ただしマルティネスだけは後輪に食らいつきました——残り1.7kmで単独先行のカラパも捕まえます。追いついた勢いの一撃は2人に封じられましたが、残り1kmのフラム・ルージュ直後の二の矢で決着。今大会5勝目、ツール通算26勝目でルデュックを抜き、単独の歴代4位です。そして公式発表を待つまでもなく、計測データが騒ぎ始めていました。登坂タイム35分27秒(速報の計測では35分26秒とも)——1995年にパンターニが刻んだ36分50秒を1分半近く縮める、アルプ・デュエズ史上最速の登坂です。「正直、パンターニのタイムが何分だったのかは知らないんだ。ここ数週間、インターネットからは離れているからね。記録を破ったと聞いたから、うれしいよ。今日はいいレースをして、みんなのために勝ちたかっただけなんだ」と王者は言います。ゴール後に19歳のセクサが投げかけた一言が、この日のすべてを要約していました。「あんた、どうかしてるよ」。総合ではエヴェネプーが2位を7分11秒差で固め、3位デルトと4位セクサスの表彰台と白ジャージを懸けた争いは24秒差のまま——決着は、もう一度同じ山を登る明日のクイーンステージへ持ち越しです。

🔰 初心者向けメモ: 前方に味方を仕込む——海外で「サテライト」と呼ばれる伏兵

エースが終盤に単独で動くと読める日、チームはあらかじめアシストを逃げに乗せておくことがあります。海外の中継や記事で「サテライト(衛星)ライダー」と呼ばれる役割です。逃げの中で脚を溜めたアシストは、後ろから追いついてきたエースの即席の風よけになり、水や補給を渡す中継点にもなります。この日のイェーツがまさにそれでした。体調不良からの回復途上で42人の逃げに乗り、山の中腹でエースを待ち、数百mだけ全力で牽く——リザルトには残らないけれど、大記録の一部になった仕事です。

出典:Cyclingnews: Tadej Pogačar smashes 30-year-old Alpe d'Huez climbing record set by Marco Pantanicyclesports.jp: アルプ・デュエズ頂上ゴールの第19ステージはマイヨ・ジョーヌのポガチャルが今大会5勝目

熱狂の代償——観客の転倒が、ひとりのツールを終わらせた

この日のアルプ・デュエズには、フェンスのない区間では選手の通り道が一人分しか残らないほどの観客が詰めかけていました。エヴェネプーは終盤に総合勢から抜け出した場面で人垣と中継バイクに進路を塞がれ、ポガチャでさえ手で観客を押しのけながら登ったほどです。そして山頂まであとわずかの地点で、悲劇は起きました。朝から42人の逃げに乗り、最終登坂も上位グループで戦っていたモビスターのルビの目の前で、観客がバランスを崩してUAEのチームカーの進路へ倒れ込んだのです。轢かないために、車は急停止。直後を走っていたルビオには避ける時間がありませんでした。頭からリアウィンドウに突っ込み、ガラスは割れ、顔は血に染まりました。自力で立ち上がった28歳のコロンビア人は、しかし再び走ることは叶わず、ゴール目前でのDNF(途中棄権)が記録されます。ゴール地点に常設される医務トラックで1時間の手当てを受け、顔をおよそ20針縫い、人と車で埋まった山から救急車と警察の先導、最後はヘリコプターでグルノーブル近郊の病院へ運ばれました。現場を目撃したデカトロン・CMA CGMの監督、ルーク・ロウは言います。「ひどい状況だった。レムコはブロックされて一時動けなかったし、道端では落車に巻き込まれて血まみれになったモビスターの選手を見た。正直、本当に限界ギリギリだったよ」。ツールは今日、同じ山をもう一度登ります。世界一の熱狂と、選手をどう守るか——アルプ・デュエズが大会に残した宿題です。

🔰 初心者向けメモ: チームカーは選手のすぐそばを走る——レースの車列

ツールの道路上を走るのは選手だけではありません。審判車、医療車、中継とカメラのバイク、スペアバイクを積んだニュートラルカー、そして各チーム2台まで認められるチームカー——数十台の車列が、審判の無線指示で順番を守りながら選手の間を縫って走ります。集団がバラバラになる山岳では、遅れた選手・追い抜く車・沿道の観客が同じ道幅を分け合うことになり、観客がひとりはみ出すだけで急ブレーキが連鎖する綱渡りの空間が生まれます。ルビオの悲劇は、その最悪の形でした。

出典:Cyclingnews: Einer Rubio out of Tour de France after crashing into UAE Team Emirates carVelo: 20 Stitches for Einer Rubio After Smashing Face-First into Car in Alpe d'Huez Chaos

今日の寄り道

自転車をちょっと離れて、ステージが駆け抜けた土地の話。

食文化ロバの耳のグラタン、オレイユ・ダーヌ

1級ノワイエ峠が立ちはだかるシャンプソー谷と、その隣のヴァルゴードマール谷に伝わる郷土料理が「オレイユ・ダーヌ(ロバの耳)」です。正体は野生のほうれん草とパスタ生地を重ねたグラタン——葉の形がロバの耳に似ていることからこの名が付きました。茹でた生地と青菜を交互に重ね、ベシャメルソースと山のチーズをかけてオーブンへ。前日の観戦記で紹介した揚げ菓子トゥルトンと同じく、山あいの暮らしが育てた谷のごちそうです。峠で苦しむ選手たちの傍らで、谷の台所は今日もロバの耳を焼いています。

土地の記憶標高1,800mの中世銀山、ブランド遺跡

観客で埋め尽くされたアルプ・デュエズのスキーリゾートのすぐそば、標高1,800mの高原に、12〜14世紀の鉱山村がまるごと眠っています。ブランド遺跡です。ドーフィネ地方の領主のために銀を含む鉱石(方鉛鉱)を掘った村で、城、教会と墓地、約80戸の住居、鉱石の選別場までが揃い、中世の鉱山集落が丸ごと残る例としてはヨーロッパ唯一とされる歴史的記念物。1330年に坑道が水没して見捨てられ、1977年からは半世紀近くCNRS(フランス国立科学研究センター)の発掘が続いています。21のカーブを登り切った先に広がるのは、800年前の鉱山の村なのです。

土地の記憶6つの谷の合流点、ブール・ドワザン

アルプ・デュエズの21のカーブが始まる麓の町ブール・ドワザンは、かつて湖だった平地にオイザンス地方の6つの谷が合流する土地です。周囲の山々は古くから鉱山の宝庫で、ローマ時代にさかのぼる鉛採掘の記録も残るほど。町の「アルプス鉱物・動物博物館」には、この地方で採れた鉱物や化石の充実したコレクションが収蔵されています。そして明日の第20ステージは、この町からスタートしてもう一度アルプ・デュエズへ。麓の町にとって、生涯語り継ぐ2日間になるはずです。

写真: Wikimedia Commons(フリーライセンス)

この日の公式ハイライト

J SPORTS公式【フィニッシュシーン】第19ステージ
Velon公式 第19ステージ ハイライト(6分17秒)
J SPORTS公式【辻啓の現地レポート】第19ステージ

※ 公式アカウントが公開しているコンテンツの埋め込みです。映像の権利は各権利者に帰属します。

共有: ポスト

この記事を書いた人

Grand Tour Hub 管理人

ロードレースの面白さを初心者目線で伝えるファンサイトの管理人。いちばん好きなのは、ゴール直前までもがいてスプリンターを発射させたアシストが、仲間の勝利を確信して、自分はまだゴールの手前なのにガッツポーズをする瞬間です。

※ 観戦記は管理人による独自の執筆コンテンツです。選手タイプの解説はタイプ図鑑もどうぞ。