Beginner's Guide

名峠・聖地図鑑

ロードレース中継では、峠や通りの名前が当たり前のように飛び交います。「フィネストレの砂利道」「アルプ・デュエズの21のカーブ」——なぜその場所が特別なのか。観戦記に登場する伝説の場所たちを、物語から解説します。

ツール・ド・フランス

アルプ・デュエズの風景

アルプ・デュエズ

Alpe d'Huez

別表記: ラルプ・デュエズ、ラルプデュエズ

21のヘアピンカーブ・標高約1,850m

ツールでいちばん有名な登りといえば、まずこの名前が挙がります。スキーリゾートへ駆け上がる道には21のヘアピンカーブが刻まれ、各コーナーには歴代勝者の名前入りの標識が立ちます。名物は第7コーナー、通称「オランダコーナー」。オレンジ色に染まったオランダ人ファンが陣取る、ツール屈指のお祭り区間です。ここで勝つことは、スプリンターにとってのシャンゼリゼと同じ意味を持ちます。

写真: Wikipedia

モン・ヴァントゥの風景

モン・ヴァントゥ

Mont Ventoux

別表記: モン・ヴァントゥー

標高1,910m・「プロヴァンスの巨人」

南仏プロヴァンスに単独でそびえる「禿山」。山頂付近は森林限界を超えた石灰岩の白い荒野で、木陰も風よけもない月面のような景色が続きます。山頂近くには、1967年のツールでこの山に力尽きた英国人トム・シンプソンの記念碑があり、通りかかるサイクリストがボトルやキャップを供えていく——自転車界でもっとも神聖な場所のひとつです。

写真: Wikipedia

トゥルマレの風景

トゥルマレ

Col du Tourmalet

別表記: ツールマレー、トゥールマレー

標高2,115m・ツール史上もっとも多く登られた峠

ピレネー山脈の盟主。1910年、ツールが初めて高い山岳に挑んだ年の主役で、以来100年以上にわたり史上もっとも多くツールの舞台になってきた峠です。初登頂の年、先頭で峠を越えたオクターヴ・ラピーズが主催者に「人殺し!」と叫んだ逸話はあまりに有名。以来この峠は、ツールが「人間の限界を試す興行」であることの象徴であり続けています。

写真: Wikipedia

ガリビエの風景

ガリビエ

Col du Galibier

標高2,642m・しばしばツール最高地点

アルプスの空の道。舗装路としてはアルプス屈指の高さで、ツールのコースに入る年はたいてい大会の最高地点になります。峠の近くにはツール創設者アンリ・デグランジュの記念碑が立ち、その年のツールで最初にここを越えた選手には彼の名を冠した賞が贈られます。空気の薄さと気まぐれな天気も含めて、「ツールの天井」と呼ぶにふさわしい峠です。

写真: Wikipedia

シャンゼリゼの風景

シャンゼリゼ

Champs-Élysées

幅70mの石畳の大通り・1975年からの伝統のゴール

峠ではありませんが、ここを外すわけにはいきません。パリの目抜き通りは1975年からツール最終日のゴールであり続けてきた、スプリンターの聖地です。凱旋門を背に石畳の周回路を何度も駆け抜け、最後の直線で3週間ぶんの決着をつける——「シャンゼリゼで勝つ」は、世界中のスプリンターが口にする夢の定型句です。

写真: Wikipedia

モンマルトルの風景

モンマルトル

Butte Montmartre

別表記: ビュット・モンマルトル、モンマルトルの丘

標高約130mの丘・石畳のルピック通り(登坂1km・平均6.5%)

サクレ・クール大聖堂が立つ、パリでいちばん高い丘。峠と呼ぶには小さすぎるこの丘が聖地の仲間入りをしたのは、2024年パリ五輪のロードレースからです。石畳のルピック通りを埋めた観衆の熱狂が忘れられず、ツールは2025年から最終日のシャンゼリゼ周回にこの丘を組み込みました。ムーラン・ルージュの前を通り、風車の丘を石畳で駆け上がる登坂1km。長らく「スプリンターの祭典」だった最終日を、最後の1kmまで結末の読めないアタック合戦に変えた張本人です。

写真: Wikipedia

ジロ・デ・イタリア

ステルヴィオの風景

ステルヴィオ

Passo dello Stelvio

標高2,757m・48のヘアピンカーブ

東アルプスでもっとも高い舗装峠。北側から見上げると、48のヘアピンカーブが壁に描いた落書きのように折り重なる、ヨーロッパでも指折りの絶景道路です。ジロのコースに入る年はほぼ確実に大会最高地点となり、「チーマ・コッピ」の称号がかかります。標高2,757mでは6月でも雪壁が残り、ジロが「もっとも過酷なグランツール」と呼ばれる理由をひと目で教えてくれます。

写真: Wikipedia

フィネストレの風景

フィネストレ

Colle delle Finestre

仕上げの約8kmが未舗装の砂利道

ジロ屈指の「悪名」を誇る峠。1700年ごろに山上の要塞へ通じる軍用路として造られた道で、栄光への最後の数kmは今も舗装されていない砂利道です。埃と石にタイヤを取られながら、選手たちは19世紀のような景色の中を登っていきます。舗装路の計算が通用しないこの区間は、ジロが大勝負を仕掛けたい年にコースへ組み込む切り札です。

写真: Wikipedia

ゾンコランの風景

ゾンコラン

Monte Zoncolan

平均勾配が2桁に達し、最大20%を超える区間も

ジロの激坂番長。数字だけ見れば距離は長くありませんが、壁のような勾配が延々と続き、プロですらジグザグに登りたくなると言われる山です。観客が選手を「押せそうなほど」近くに見えるのは、それだけ速度が落ちるから。急すぎて駆け引きやチーム戦術の入り込む余地がなく、ただ耐えられるかどうかだけが試される——そんな純粋さが、この山の魅力です。

写真: Wikipedia

ブロックハウスの風景

ブロックハウス

Blockhaus

19世紀の砦に由来する名・1967年初登場

イタリアの山なのに名前はドイツ語——アペニン山脈のマイエッラ山塊にあるこの登りは、19世紀にオーストリア軍が築いた木造の砦(ブロックハウス)に名を借りています。1967年のジロで初登場したとき、山頂で勝ったのは若き日のエディ・メルクス。のちに史上最強と呼ばれる男の、グランツール最初の勝利がここでした。以来「ブロックハウスを制した者はジロを勝てない」というジンクスが囁かれ続けましたが、2022年にジャイ・ヒンドレーがこの山とジロの両方を勝ち、半世紀の呪いを解いています。

写真: Wikipedia

パッソ・ジャウの風景

パッソ・ジャウ

Passo Giau

別表記: ジャウ峠

標高2,236m・29のヘアピンカーブ

ドロミテを代表する峠のひとつ。剣のような岩峰を正面に見ながら、29のヘアピンカーブで標高2,236mまで駆け上がります。距離約10kmで平均勾配9%超という数字は、ドロミテの峠の中でも指折りの厳しさ。2021年のジロでは雪の予報で短縮されたクイーンステージの頂点となり、マリア・ローザのエガン・ベルナルが冷たい雨のなかここから独走してコルティナ・ダンペッツォに勝利——ピンクのジャージのまま両手を挙げた姿は、この峠の新しい伝説になりました。

写真: Wikipedia

ブエルタ・ア・エスパーニャ

アングリルの風景

アングリル

Alto de l'Angliru

最大勾配23.5%の「クエーニャ・レス・カブレス」

グランツール最凶と名高いブエルタの登り。終盤に待つ「クエーニャ・レス・カブレス(山羊の坂)」は最大勾配23.5%——自転車が止まりそうな急斜面で、雨の年には本当に止まります。あまりの過酷さに選手から抗議の声が上がったこともあるほどですが、だからこそここでの勝利は特別な響きを持ちます。名前を聞くだけでプロトンが静かになる、そんな山です。

写真: Wikipedia

コバドンガ湖の風景

コバドンガ湖

Lagos de Covadonga

別表記: ラゴス・デ・コバドンガ、コバドンガの湖

標高1,134m・最難所ラ・ウエセラは約800mで平均15%

ブエルタの「聖地」といえば、アングリルと並んでまずこの名前が挙がります。北部アストゥリアスのピコス・デ・エウロパ山塊、氷河が削った湖のほとりへ駆け上がる登りで、1983年に初めてブエルタの舞台になって以来、大会近代史でもっとも重要な山のひとつであり続けてきました。勝負が動くのは頂上まで7kmの地点にある「ラ・ウエセラ(骨置き場の意)」——約800mにわたって平均15%が続く激坂です。ふもとのコバドンガは、スペインがイスラム勢力から国土を取り戻す「レコンキスタ」が始まった地とされる、信仰の聖地でもあります。

写真: Wikipedia

ボラ・デル・ムンドの風景

ボラ・デル・ムンド

Bola del Mundo

標高2,265m・頂上手前の約3kmは最大20%超のコンクリート道

首都マドリードを見下ろすグアダラマ山脈の決戦の山。ナバセラダ峠(標高1,858m)からさらに上、標高2,265mの頂上には、ロケットのような形のドームに覆われたアンテナ群が立ち、数km先からも見えます。この「世界の球」がそのまま山の名前になりました。恐れられる理由は最後の約3km——選手のために舗装された道ですらない、勾配20%を超えるコンクリートの管理道路を這うように登らされることです。マドリードのすぐそばで総合の決着がつく大詰め(第20ステージ)にたびたび選ばれ、2010年・2012年・2025年に頂上ゴールが置かれました。

写真: Wikipedia

アイタナの風景

アイタナ

Alto de Aitana

別表記: アルト・デ・アイタナ

標高1,543m・22kmを平均5.8%で登り続ける

地中海を望むアリカンテ県の最高峰。山頂に立つのは展望台ではなく、空軍の監視レーダー基地とアンテナ群です。ブエルタの山頂ゴールは観光道路ではなく、こうした施設への道に置かれることが多く、アイタナはその代表格。2001年に初めて決戦の舞台になって以来、2004年・2009年・2016年・2026年と頂上ゴールが置かれてきました。2016年には最終盤の山岳決戦として、首位キンタナがここを守り切って総合優勝をたぐり寄せています。22km・平均5.8%——激坂ではなく、長さでじわじわと脚を削るタイプの登りです。ゴールラインが引かれるのは標高1,543m。山そのものの頂上は1,558mですが、そこはレーダー基地の中で、道は手前で止まります。

写真: Wikipedia

カラル・アルトの風景

カラル・アルト

Calar Alto

標高2,168m・山頂はヨーロッパ有数の天文台

アンダルシアのシエラ・デ・ロス・フィラブレス山中、標高2,168mの頂に白いドームが並びます。1975年に開設されたカラル・アルト天文台——ヨーロッパ最大級の口径3.5m望遠鏡を擁し、長くドイツのマックス・プランク研究所とスペインが共同で運営してきた、星を見るための山です。普段は天文学者たちの静かな職場へと続くこの道を、ブエルタは2004年・2006年・2017年と、この道を決戦の舞台に選んできました。2017年の第11ステージではミゲル・アンヘル・ロペスが天文台のふもとで勝っています。2026年の第12ステージで、9年ぶりにプロトンが帰ってきます。望遠鏡のドームがゴールの目印になる、グランツールでも珍しい山頂です。

写真: Wikipedia

シエラ・デ・ラ・パンデラの風景

シエラ・デ・ラ・パンデラ

Sierra de la Pandera

別表記: ラ・パンデラ

標高1,872m・山頂は軍の施設

オリーブ畑の海で知られるハエン県の南、シエラ・スル・デ・ハエン山地の最高点です。山頂にあるのは軍の施設——アイタナと同じく、ふだんはレースと無縁の管理された道が、年に一度だけ決戦の舞台になります。ブエルタは2002年に初めてここへ登り、エラス、バルベルデ、クネゴ、マイカと、時代ごとの登坂の名手たちが頂上を制してきました。直近の2022年はリチャル・カラパスの勝利。2026年の第14ステージで、4年ぶりにプロトンが帰ってきます。

写真: Wikimedia Commons

UCI世界選手権大会

モン・ロワイヤルの風景

モン・ロワイヤル

Mont Royal

別表記: モンロイヤル

標高233m・カミリアン・ウードの丘は1.8km・平均8%

モントリオールの街の真ん中に、標高233mの丘がぽつんと残っています。この丘を取り囲む公園の道が、自転車レースの周回コースになります。1974年の世界選手権でエディ・メルクスが勝ち、1976年の五輪もこの丘で行われました。2010年に始まったUCIワールドツアーのワンデーレース、グランプリ・シクリスト・ド・モンレアルも、9月にほぼ同じ道を使います。いちばん長い上りはカミリアン・ウードの丘(1.8km・平均8%)、ポリテクニークの丘には11%を超える区間があります。長い峠をひとつも越えないのに、同じ坂を何度も上り直すうちに脚が残らなくなる、ヨーロッパの山岳とは別の種類の消耗戦です。2026年の世界選手権も、この周回で争われます。

写真: Wikipedia

※ 観戦記や選手ノートで新しい伝説の場所に触れるたびに、この図鑑は少しずつ増えていきます。

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