ブエルタ・ア・エスパーニャ2026 Stage 182026年9月11日文: Grand Tour Hub 管理人

2月に大腿骨を折った男が、初出場の23歳にこの日3秒差で勝った

エル・プエルト・デ・サンタ・マリア → ヘレス・デ・ラ・フロンテラ 32.1km 個人タイムトライアル(ほぼ平坦/獲得標高190m・J SPORTS調べ。小さな丘を2つ越え、最後の7kmはずっと緩い上りです。中間計測は11.7kmと22.1kmの2か所)

3週間のブエルタに2本ある個人タイムトライアルの、2本目です。32.1kmを35分ほどで走る一日でした。追い風に乗って平均時速は54kmを超え、1位から6位までが21秒のなかに収まる高速レースになりました。 ゴール地点には、その時点でいちばん速い選手が座る椅子が置かれます。そこに1時間18分座っていたのは、グランツール初出場の23歳でした。そして日が傾いてから、ヤングライダー賞の白いジャージと、総合首位の赤いジャージが順にゴールしてきます。

標高11mのエル・プエルト・デ・サンタ・マリアを出て、標高53mのヘレス・デ・ラ・フロンテラへ。図がほとんど平らなのは、32kmでいちばん高い場所が標高60mほどしかないからです。丘は2つあり、22km地点の2つ目がその最高点。そこから下りきったあと、最後の7kmを緩く上り返します

📊 今日のデータ

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スタート晴れ 27℃・風4m/s
ゴール晴れ 28.8℃・風3.7m/s
決着個人TT(シュテファン・キュング)
総合エンリク・マスが首位堅持(+97秒)
完走148 / 148人
敢闘賞なし(個人TTのため対象外)

優勝候補より29秒速く走った23歳が、椅子の上で1時間18分待った

エル・プエルト・デ・サンタ・マリアの闘牛場に組まれたスタート台から、148人が1人ずつ出ていきます。出走順は総合成績の逆順なので、総合を争う選手は最後です。

現地14時11分に走り出したのはイーサン・ヘイタ。英国の個人タイムトライアル王者で、この大会がスペインの外、モナコで開幕した日にも0.09秒差の2位に入った、この日の優勝候補です。その8分後に出たのがカラム・ソーンリ、23歳。同じ英国の選手で、ワールドツアーは1年目、グランツールはこれが初出場です。

チームは氷で体を冷やして彼を送り出しています。「震えながらスタートしたタイムトライアルは、これが初めてだった」「……最初の15分から20分は本当にコントロールできていて、限界を超えていなかった」

コースには途中のタイムを測る中間計測が、11.7kmと22.1kmにあります。ソーンリーはその1か所目をヘイターより19秒速く通過しました。差は2か所目で23秒、ゴールでは29秒に開きます。35分25秒はこの時点でいちばん速いタイムで、ソーンリーは暫定トップの椅に座ります。

そこからが長かった。ポルトガルのイヴォ・オリヴェイは、そのタイムに27秒届きません。同じポルトガルのジョアン・アルメイは1か所目をわずかに速く通過し、2か所目で並び、ゴールでは6秒足りません——この日の3位です。ソーンリーのチームメイト、フィン・フィッシャーブラッは、まだ椅子にいる彼を見てこう話しています。「カラムがまだトップにいるのを見られてうれしいよ。あいつは家では毎日タイムトライアル用のバイクに乗っているから、それが実を結ぶのを見られるのはいいことだよ」。そのときソーンリーは、椅子の上でボカディージョ——スペインのサンドイッチ——を食べていました。

「このレースでは疲労をうまく管理できたと思う。大会が始まった時点では、初めてのグランツールで第18ステージまでたどり着くことがいちばん大事だったから、このタイムトライアルは目標じゃなかったんだけれど、イーサンをあれだけ引き離せて、最後にいい結果までついてくれば、それで満足だよ」

出典:ラ・ブエルタ公式: 第18ステージ(ロードブック行程表。スタート台は闘牛場、計測は11.7kmと22.1km)As it happened: stage 18(計測ごとのヘイターとの差、オリヴェイラとアルメイダの追い上げ。英語)— CyclingnewsHe is going to be unstoppable in a few years(ソーンリーとフィッシャーブラックの発言、ボカディージョ。英語)— CyclingnewsStart times & order Vuelta a España 2026 Stage 18(各選手の出走時刻。英語)— Domestique

真ん中の10kmで10秒あった差が、ゴールでは3秒になっていた

15時37分に出たのは、スイスのチーム、チューダーのシュテファン・キュンです。1か所目をソーンリより1秒速く通過し、次の10.4kmでその差を10秒に広げました。途中ではコーナーで大きく膨らみかけながら、車体を倒さずに持ちこたえました。

残り10kmはいちど下ってから、ゴールまで緩い上りが続きます。ここでキュングのペースは落ちましたが、それでも35分22秒でフィニッシュ。平均時速54.4km、ソーンリーとの差は3秒でした。椅子の主は、1時間18分ぶりに入れ替わります。

「32kmのあいだずっと集中していなければならなかった。これだけ速いタイムトライアルでは、高くつくミスは許されない。そして速いからこそ、差をつけるのも難しい。2つ目の上りのあとで少し苦しい瞬間があって、いくつかのコーナーを読み違えた。でもそこからリズムを取り戻せた。僕にとっては、立て直せたことがそのまま差になった」

32歳のキュングは、2026年2月28日のオムロープ・ヘット・ニュースブラッドで左の大腿骨を折っています。16週間レースを離れ、6月のスイス選手権で戻ってきました。8月9日のツール・ド・ポローニュ最終日の個人タイムトライアルが、その年の初勝利です。同じ日に総合を制したのは、チームメイトのマルコ・ブレナです。ふたりはこのブエルタで同じ部屋に泊まっていて、ブレナーは5日前、第14ステージのシエラ・デ・ラ・パンデで勝っています。

「今日はひとりで表彰台に立っているけれど、これはチーム全員の勝利だ。裏で懸命に働いてくれる人たちのおかげだよ。……2月の怪我のあと、僕を元に戻してくれた人たち全員にも。この勝利は、たくさんの人と分け合いたい」

🔰 初心者向けメモ: 速いタイムトライアルほど、差はつかない

同じ32kmを走っても、全員が速く走れる日ほど、選手どうしのタイム差は小さくなります。この日は追い風に乗って平均時速54km。1位から6位までが21秒のなかに並び、1位と2位は3秒差でした。

理由の半分は、走っている時間の短さです。同じだけ力に差があっても、短い時間で走り切ってしまえば、その差が積み上がる時間そのものが短くなります。もう半分は空気抵抗です。速度が上がるほど、もう1km/h上げるために必要な力は急に大きくなるので、余分に踏めた力がタイムの短縮につながりにくくなります。キュング自身が「追い風でとても速かった。それが差がこんなに小さかった理由でもある」と説明しています。

逆に上り坂のタイムトライアルは速度が低いので、同じ力の差が大きなタイム差になります。同じ距離でも、コースの性格によって「何秒が大きい差なのか」が変わるわけです。

出典:ラ・ブエルタ公式: Stefan Küng「Alone on the podium but it is a team victory」(勝者コメント全文。英語)Sometimes I worried I would not get my old strength back(追い風と差の小ささ、2月の骨折からの復帰。英語)— Cyclingnewsラ・ブエルタ公式: 第18ステージ リザルト(35分22秒、3秒差)マスがタイムトライアルで首位死守(3秒差、平均時速54.4km、ベスト20からは2分間隔。日本語)— J SPORTS レースレポート

この種目は得意ではないと言っていた白いジャージが、リードを倍近くにした

ヤングライダー賞の白いジャージを着ているのは、オスカー・オンリソーンリと同じ23歳で、総合5位です。その白いジャージを追う2番手は、すぐ後ろの総合6位にいる20歳のヤコブ・オムルゼで、第12ステージのカラル・アルの山頂ゴールで勝っている選手です。

オンリーは、この日のソーンリーについても聞かれました。ふたりともスコットランドの選手で、ジュニア時代のチームメイトです。「見ていて本当によかった。あの走りができる力を持っていることは、ずっと前から知っていたからね」「昔から強かった。いまはレースの仕方も分かってきたから、数年のうちに誰も止められなくなるよ。ああいうタイムトライアルでも、とくに1日で決まる伝統のクラシックでも、いちばん上に行くと思う」

そのオンリーは16時47分に出て17位。2分前に走り出したオムルゼルより27秒速く走り、白いジャージの差を30秒から57秒に広げました。総合4位のリチャル・カラパとの差も、オンリーが34秒詰めて1分20秒から46秒になっています。

オンリーは前日、タイムトライアルをこう話していました。「大好きだったとは言わないけれど、自転車を始めたのはそれだったんだ。だからよく知っている。走り方を組み立てていく作業そのものは好きなんだ、ただ自分のいちばん強い分野ではないだけで」。走り終えたあとの言葉は違います。「うまく組み立てられたと思う。体は思ったとおりに反応してくれた。限界の近くまで出せる感覚があったから、今日は十分に満足している」「とても速かった。はっきり休める場所がないぶん、ペース配分が難しくて、かなり苦しいところまで踏み込まないといけない場所があった。きつかったけれど、息をつける小さな瞬間はいつでもある」

出典:He is going to be unstoppable in a few years(オンリーがソーンリーについて語った発言。英語)— CyclingnewsCallum Thornley interview(17歳のソーンリーの19分49秒と、オンリーの20分12秒。英語、2021年6月・Wayback)— VeloVeritasラ・ブエルタ公式: Oscar Onley「I like the whole process of the time trial」(前日のコメント。英語)The body reacted like I wanted it to(走り終えたあとのコメント、27秒とカラパスとの差。英語)— Cycling Up To Date

赤いジャージはログリッチに33秒しか失わず、少年のころのヒーローを挙げた

最後の20人は2分間隔で出ていきます。16時45分のオムルゼから、オンリーカラパスプリモシュ・ログリッ、総合2位のフェリックス・ガ、そして16時55分に、赤いジャージのスペイン人、エンリク・マ

ブエルタを4回勝っているログリッチは、7月の終わりに車にはねられて5週間走れず、この大会に来ました。「タイムトライアル用のバイクに1時間も1分も乗らないままこのブエルタに入ったことを考えれば、自分としてはいいタイムトライアルができた」

1か所目の中間計測は、ログリッチのほうがマスより速く通過しました。公式の計測は2か所ですが、マスが挙げた数字は4つあります。「……僕らの頭のなかでは、これが失ってもいい時間だった。最初の計測では19秒、次が26秒、それから39秒、最後は34秒まで戻った。だから、そう、満足している」

リザルトに載ったマスとログリッチの差は33秒。マスが最後に聞いた34秒と、1秒ちがいでした。ログリッチが4位、マスが12位でした。

朝の総合は、マスの2分06秒後ろにガル、2分10秒後ろにログリッチ。夜にはログリッチが1分37秒後ろの2位、ガルは3分01秒後ろの3位です。タイムトライアルを苦手にする28歳のガルは、この日ログリッチに1分28秒を失いました。残るのは山頂ゴールの2日と、グラナダの最終日です。

記者がマスを「かなり手堅い」と言うと、ログリッチは言い直しました。「かなり手堅い、じゃなくて、とんでもなく手堅い、と言うべきだね。まったく手が届かない。このブエルタで本当に強い走りをしている」

ブエルタがヘレス・デ・ラ・フロンテラでステージを終えたのは、12年前の2014年でした。レース後のインタビューで、主催者はマスに、その2014年を最後にスペイン人の総合優勝が途絶えていることを伝えて、感想を尋ねました。答えは、その年に勝った選手の名前でした。「そう、アルベルト(コンタドール)です。あのころ僕は子どもで、僕が13歳か14歳だったころに彼が何もかも勝っていたから、彼は僕のヒーローでした。だから、僕にはとても大きな意味があります」

🔰 初心者向けメモ: 守る側は「何秒までなら失ってよいか」を決めて走る

タイムトライアルは1人で走り、自分のタイムだけを競う種目です。ところが総合首位のチームにとっては、計算が変わります。タイムトライアルに強いライバルには何秒か失うことになるので、走る前に「ここまでなら失ってよい」という数字を持っておくことになります。

マスのチーム、モビスターのレーシングディレクターは休息日に、ログリッチに失うタイムを「当て推量だけど90秒と見ていました。実際に失ったのは33秒でした。マス自身が持っていた数字は本人しか知りませんが、走り終えて言ったのは「僕らの頭のなかでは、これが失ってもいい時間だった」です。

数字を決めることは、走り方を決めることでもあります。総合を争う選手がコーナーで攻めきらないのは、そこで落車すれば3週間が終わるからです。失ってよい秒数が分かっていれば、どこを抑えてよいかも分かる——最終走者はそういう走り方をしています。

出典:ラ・ブエルタ公式: Enric Mas「Es el tiempo que teníamos en mente perder」(計測ごとの秒数とコンタドールの話。スペイン語原文)We cannot touch him(ログリッチの発言、TTバイクゼロ時間、ガルの1分28秒。英語)— Cyclingnewsラ・ブエルタ公式: 第18ステージ後の各賞(総合・ヤングライダー賞)Start times & order Vuelta a España 2026 Stage 18(最後の20人が2分間隔。英語)— Domestique

今日の寄り道

自転車をちょっと離れて、ステージが駆け抜けた土地の話。

食文化シェリー酒

このステージが結んだ2つの町は、どちらもシェリー酒の産地です。ヘレス・デ・ラ・フロンテラ、エル・プエルト・デ・サンタ・マリア、サンルーカル・デ・バラメーダの3つの町が、長くこの酒を育ててきた中心地です。「シェリー」も「ヘレス」も、イスラム統治時代のヘレスの町の名シェリシュ(アラビア語)から分かれた言葉です。

伝統文化ヘレスのフラメンコ

ヘレスはフラメンコの曲種ブレリアの町として知られます。12拍をひとまわりとする速い拍子です。歌にも踊りにも即興の幅が大きく、いちばん難しい拍子のひとつとも言われます。フラメンコの公的な資料館も、この町のパラシオ・ペマルティンにあります。1987年にヘレスの市や州などが共同で作ったもので、いまはアンダルシア州が運営しています。

土地の記憶アンダルシア馬の牧場

ヘレスはシェリー酒とフラメンコのほかに、アンダルシア馬でも知られます。15世紀の終わりにこの町のカルトジオ会修道院と結びついて始まった血統が、いまも郊外の牧場で守られています。ロードブックの12.8km地点——1か所目の中間計測を過ぎてすぐ——には、その牧場へ向かう分岐が記されていて、選手たちはそこを右へ曲がってヘレスの市街を目指しました。

写真: Wikimedia Commons(フリーライセンス)

この日の公式ハイライト

第18ステージ フィニッシュシーン(J SPORTS公式。4分44秒)
第18ステージ ハイライト(Velon公式。6分16秒)
第18ステージ 拡張ハイライト(ラ・ブエルタ公式。8分35秒)第18ステージ 赤いジャージの1分(ラ・ブエルタ公式。1分8秒)

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この記事を書いた人

Grand Tour Hub 管理人

ロードレースの面白さを初心者目線で伝えるファンサイトの管理人。いちばん好きなのは、ゴール直前までもがいてスプリンターを発射させたアシストが、仲間の勝利を確信して、自分はまだゴールの手前なのにガッツポーズをする瞬間です。

※ 観戦記は管理人による独自の執筆コンテンツです。選手タイプの解説はタイプ図もどうぞ。