ブエルタ・ア・エスパーニャ2026 Stage 172026年9月10日文: Grand Tour Hub 管理人

逃げた男は残り3kmで集団に捕まり、21歳がこの3週間で5勝目を挙げた

ドス・エルマーナス → セビリア 185km(平坦/獲得標高890m・J SPORTS調べ。格付けのついた山はひとつもありません。タイムトライアルを別にすれば、この大会でいちばん平らな一日です。セビリアの南から南東へ大きく回り、モロン・デ・ラ・フロンテラで折り返し、カルモナを経て北から市街へ戻ってきます。中間スプリントは165km地点のラ・リンコナダ。ゴールラインは2024年にブエルタが来たときとまったく同じ場所ですが、そこへ至る道は変わり、最後の直線は3.5kmから1.4kmに縮みました)

逃げたのは2人だけでした。そのうちのひとりは最後の15kmをひとりで走り、残り3kmで捕まります。それでもレースのあと、彼が最初に言ったのは「楽しかった」でした。 捕まえた側のチームは、その日の朝、2年前のセビリアの話をしていました。同じゴールラインで、いまチームの発射台をつとめている選手がスプリントに負けた日のことです。

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格付けのついた山はひとつもありません。ドス・エルマーナスを出て南東へ、60km地点のモロン・デ・ラ・フロンテラまでゆるく上がり、いちど下ってから、130km地点のカルモナのあたりで二度目の高みに届きます。そこから先はグアダルキビール川の平地へ下るだけ。獲得標高890mは、この一日ぶんのゆるい起伏を足し合わせた数字です 中間スプリント ラ・リンコナダ残り20km地点

📊 今日のデータ

シーズン集計を見る →
スタート曇り 33.3℃・風4.6m/s
ゴール曇り 33.7℃・風4m/s
逃げ2人 → 捕獲(残り3km)
決着集団スプリント(マシュー・ブレナン)
総合エンリク・マスが首位堅持(+126秒)
完走149 / 149人
敢闘賞エンゾ・パレニ(#96・Groupama–FDJ United)

差が5分に開いたあと、39歳が先頭に戻って追い直した

ドス・エルマーナスはセビリアの南に隣り合う町で、コースはそこから南東へ大きく回り込みます。走り出してすぐ3人が前へ出ましたが、そのうちフレドリク・ドゥヴァーシュネはほどなく身を起こして集団へ戻り、逃げは2人になりました。エンゾ・パレシヌヘ・フェルナンデ。このふたりが、185kmのほとんどを前で走ることになります。

集団の先頭を引いたのは、ヴィスマ・リースアバイクとコフィディスでした。狙いはどちらもゴール前のスプリントで、差は3分あたりに収まります。ところが残り100kmを切ったあたりで、ヴィスマが引くのをやめました。ほかのチームも出てきません。差はみるみる開き、5分を超えました。

コフィディスも、そこでは前に出ませんでした。直近2回の集団スプリントは、どちらもマシュー・ブレナが1位でブライアン・コカーが2位。追いかける仕事だけを引き受ける理由がありません。

やがてヴィスマが戻ってきます。差が4分20秒まで縮んだところから先頭で風を受け続けたのはステフェン・クライスヴァイで、集団を一本の長い列に伸ばしながら、その差を2分20秒まで削っていきました。39歳のクライスヴァイクは、第11ステーでも同じように集団の先頭で風を受けていた選手で、このブエルタが17年のプロ生活で最後のグランツールになります。

🔰 初心者向けメモ: いちばん勝ちたいチームが、途中で引くのをやめる理由

逃げを追う仕事は、誰かが集団の先頭で風を受け続けないと進みません。この日それを引き受けたのは、ゴール前のスプリントで勝ち目のあるヴィスマ・リースアバイクとコフィディスでした。

ただ、追ったときの得はチームごとに違います。速いスプリンタを連れているチームなら、自分が脚を使わなくても、ほかのチームが逃げを捕まえてくれれば同じスプリントに参加できます。だから「うちは引かない」と決め込むチームが出てくる。引いている側から見れば、ただ乗りされている形です。

この日ヴィスマがやったのは、その形を一度こわしてみせることでした。先頭から下がり、差が5分を超えるまで放っておく。それでも誰も出てこないと分かってから、また自分たちで引き始めました。第10ステージのメでは「差の上限を決めているのは後ろ」と書きましたが、その上限は、後ろの何チームが働く気でいるかで動きます。

出典:Cyclingnews(イギリスの自転車専門メディア): 第17ステージのライブブログ(逃げの成立、ヴィスマが引くのをやめて差が5分20秒まで開いた場面、クライスヴァイクの牽引)ラ・ブエルタ公式(主催者): 第17ステージの各種順位表(逃げの2人、着順、タイム差)

最後まで逃げ切れなかった男が、その日の敢闘賞に選ばれた

165km地点のラ・リンコナダに、この日の中間スプリンが置かれていました。ゴールとは別に、先頭で通過した順にポイント賞の点が入る地点です。先に通ったのはフェルナンデで20点、パレニが17点。その1分14秒後ろでは集団のスプリントがあり、コカールワウト・ファンアールを抑えて15点を持っていきました。

そこから少し進んだ残り15kmあたりで、パレニがフェルナンデスを振り切ります。一日ずっと先頭を交代し合ってきたふたりの協調が、そこで終わりました。フェルナンデスは集団に飲み込まれ、パレニはひとりで前を走り続けます。残り13kmでは1分、残り10kmで40秒、残り7.5kmで30秒を切り、残り5kmでは7秒差。捕まったのは残り3kmでした。

この日ゴールしたのは149人で、パレニは2分30秒遅れの139位。それでも、ファン投票で決まこの日の敢闘賞に選ばれました。レースのあと、24歳のフランス人はまずこう言っています。「楽しかった」

「ふたりで、ほとんど練習みたいに走った——最後の1時間までは無理をせず、そこから全部出して集団と勝負しようとした。レースの中盤で、後ろが引くのをやめたと思う。おかげで2分をただでもらえて、あれは本当にこちらの得になった」

「最後の15kmはひとりだった。少し長かった。でも、グランツールの勝利は自分から取りに行くものだから、最後まで戦わないといけない。残り3kmで捕まる。よくあることだ。でも、楽しかった」

「いつか報われると確信している。自分が信じていなければ、誰も僕のことを信じてくれない。毎回信じているし、可能性を最大にする作戦を探している」

出典:ラ・ブエルタ公式(主催者): Enzo Paleni «Je suis certain que ça va marcher un jour»(「J’ai fait les quinze derniers kilomètres tout seul. C’était un peu long.」。フランス語の原文)ラ・ブエルタ公式(主催者): 第17ステージの各種順位表(中間スプリントの通過順とポイント、パレニの139位・2分30秒遅れ、この日の敢闘賞)Cyclingnews(イギリスの自転車専門メディア): 第17ステージのライブブログ(残り13kmでパレニが単独になり、残り3kmで捕まるまでの差の推移)

2年前に同じゴールで負けた選手が、今度はチームメイトを勝たせた

残り10.3kmでセビリアの市街に入り、コースはグアダルキビール川を2度渡ります。残り5kmを過ぎると、総合勢を守っていたチームが前を明け渡し、スプリンターのチームが列を組み始めました。そこで何人かが飛び出しましたが、ファンアールがすぐに潰しています。

最後の1kmを引いたのはウノエックス・モビリティで、複数の選手がマグナス・コルを連れて先頭に立ちました。ヴィスマの列は、そこには入れていません。ファンアールトにできたのは、速い選手のすぐ後ろ、風のいちばん当たらない場所にブレナンを置くことだけでした。それでもブレナンはコルトの外から出て、追ってきたヨルディ・メーウを抑えます。この大会5勝目です。

2年前、2024年のブエルタは第5ステージでこのセビリアにゴールしていました。ゴールラインは今年とまったく同じ場所で、そのスプリントでファンアールトはパヴェル・ビットネルに敗れて2位。違うのは、そこへ至る道です。あの日の最後は3.5km近い直線でしたが、この日は左に折れてから1.4kmしかありません。

「ミーティングでは、僕がここに来たことがあるから、最後の直線のことをふだんより詳しく話せた。でも、まったく違うスプリントだった。予定していたリードアウにはならなかった。その前に何度か脚を使わされて、できたのは彼を速い選手の後ろにつけて、そこからスプリントさせることだけだった」——ファンアールトはそう振り返っています。

ブレナンのほうは、その朝の話をこう明かしました。「今朝、2024年のブエルタのセビリアのスプリントと、あの日ワウト・ファンアールトにとって何がうまく運ばなかったのかを話した。今日は同じことを繰り返したくなかった。先頭でラインを越えたかったし、実際そうなったし、彼はずっとそばにいてくれた。それを目にできたのは最高だったし、その支えに本当に感謝している」

🔰 初心者向けメモ: 同じ1勝でも、ポイント賞に入る点は同じではない

ポイント賞は着順に応じて点が入りますが、その配点はステージごとに違います。主催者は各ステージに「平坦」「丘陵」「中級山岳」「山岳」といった格付けをつけていて、点はその格付けで決まるからです。

平坦と格付けされたこの日は、1位が50点、2位30点、3位20点でした。丘陵だった前日の第16ステージは1位30点、山岳だった第12ステージは1位20点です。スプリンターが勝てる日ほど、大きく積まれるようにできています。

この日の効き方は、そのまま数字に出ました。朝の時点でファンアールトが282点、ブレナンが189点で、差は93点。そこへブレナンが勝って50点、ファンアールトは中間スプリント4位の13点だけ。夜には295点と239点になり、差は56点に縮んでいました。同じポイント賞の話でも、前日のメに並べた数字とこの日の数字がそろわないのは、ステージの格付けが違うからです。

出典:ラ・ブエルタ公式(主催者): Wout van Aert 「A seventh victory in a Grand Tour is already history」(最後の直線とリードアウトについて)ラ・ブエルタ公式(主催者): Matthew Brennan 「And we're not even on stage 21 yet!」(朝のミーティングで2024年のセビリアを話したこと)J SPORTS: 第17ステージのコース紹介(ゴールラインが2024年と同じ場所であること、最終ストレートが3.5km近くから約1.4kmに変わったこと)ラ・ブエルタ公式(主催者): 第17・第16・第12ステージのポイント表(平坦50点/丘陵30点/山岳20点の配点と、この日の中間スプリント4位13点)

7勝がチームの記録だと知ったのは、その前の晩だった

ブレナンの5勝に、ファンアールの第13・第15ステージを足すと7勝になります。ヴィスマ・リースアバイクがひとつのグランツールで挙げた最多は、それまで6勝でした。2022年のツール・ド・フランスと今年のジロ・デ・イタリアの数字です。グランツールを走るチームは8人編成ですが、ヴィスマはすでに2人を失っていました。この7勝目は、残った6人で挙げたものです。

ただ、最初から狙っていた記録ではありません。「このレースには計画を持って来ていて、それはステージをいくつか勝つことだったけれど、この記録を破ろうなんて誰の頭にも無かった。昨日みんなで座って、『よし、ここで何かやらないといけない。この記録を破らないと』と言ったんだ」——ブレナンはそう話しています。

ファンアールトも同じ話をしました。「グランツールで7勝したことが一度も無い、というのが昨日ふいに浮かび上がってきた。そもそも、とんでもない数字だ。それが今日うまくいったのは、誇りに思えることだ」

21歳のほうは、自分の5勝をまだ受け取りかねていました。「正直に言えば、まだ完全には信じられていない。ブエルタで5勝なんて、ここに座って考えられるようなことじゃないし、しっくりこないというのが僕の感覚だ。ずいぶんたくさんの勝利だよ」「でも僕は、プロトンでいちばんいい選手たちに支えられてここに立ってもいる」

そして、チームの中には約束があったようです。記録に届いたら、監督が食堂でみんなの前に立って何かをする——ブレナンはそう明かしました。「どういう約束だったのかは知らないけれど、何か恥ずかしいことだと思う。きっと誰かがどこかで、その動画を上げて、みんなが見られるところに置いてくれる」

出典:Cyclingnews(イギリスの自転車専門メディア): 「That doesn't really sit well」(ブレナンの発言、ヴィスマのそれまでの最多6勝が2022年のツールと今年のジロだったこと、スポーツディレクターの約束)スポルザ(ベルギーの公共放送): 「Plots kwam gisteren aan de oppervlakte dat we nog nooit 7 ritten hadden gewonnen in een grote ronde」(ファンアールトの発言。オランダ語の原文)

赤いジャージは何も失わず、翌日のタイムトライアルへ向かった

総合のほうは、この日ひとつも動きませんでした。エンリク・マは2位のフェリックス・ガに2分6秒、3位のプリモシュ・ログリッに2分10秒の差を持ったまま、セビリアにたどり着きます。

スペインのメディアがこの日書いていたのは、レースそのものよりも翌日のことでした。第18ステージは、エル・プエルト・デ・サンタ・マリアからヘレス・デ・ラ・フロンテラまで32.1kmの個人タイムトライアルです。スペインの通信社EFEはこの日、「ヘレスのタイムトライアル、Dデー」という見出しを立て、本文を「マス対ログリッチ、そのあいだにフェリックス・ガル」と書き出しました。順位のうえでマスのすぐ後ろにいるのはガルですが、相手役に名指されるのはログリッチのほうです。タイムトライアルでマスから時間を奪ってきた選手だからでした。ブエルタを4度勝っていて、2021年のブエルタでは33.8kmのタイムトライアルを制しています。そのときマスは9位で、2分4秒遅れました。いまマスがログリッチに対して持っているリードは、2分10秒です。

マスはブエルタで2018年・2021年・2022年に2位、2024年に3位に入っていますが、グランツールはまだ勝っていません。エル・エスパニョール紙は、キャリアで初めて、勝つ可能性を持ったまま総合首位でグランツールの最終週に入る、と書きました。当の本人の言葉は短いものです。「調子はいいし、昨日と今日は完璧な仕事ができたと思う。明日を見て、その次の日を見て、そのまた次の日を見る。自信はある。タイムトライアルはかなり平坦で、コーナーも少ない。パワーとポジションに集中する、それだけだ」。いい結果とは何かと聞かれて、こう答えています。「赤いジャージを守ることだ」

同じタイムトライアルを、山岳賞のサンティアゴ・ブイトラはこう待っていました。「明日はたぶん、キャリアで初めて、のんびり走って一日を楽しんで、とても面白い週末のために脚を残すタイムトライアルになる」

出典:ラ・ブエルタ公式(主催者): Enric Mas 「To keep the Red jersey」(翌日のタイムトライアルについての発言)ラ・ブエルタ公式(主催者): Santiago Buitrago 「Happy to arrive safe and sound」(山岳賞のジャージでタイムトライアルを迎える立場について)エル・エスパニョール(スペインの日刊ニュースサイト): 「por primera vez en su carrera afrontará la última semana de una Gran Vuelta como líder con opciones reales de ganar la general」(マスのブエルタ表彰台歴と、最終週を首位で迎えるのが初めてであること。スペイン語)Brújula Bike(スペインの自転車専門メディア): 2021年ブエルタの33.8km個人TTでログリッチが勝ち、マスが9位で2分4秒を失ったこと。スペイン語EFE(スペインの通信社/インフォバエ掲載・2026年9月9日): 「Crono de Jerez, el Día D, Roglic y Enric Mas duelo estelar」「Mas contra Roglic y entre medias Felix Gall」。スペイン語

今日の寄り道

自転車をちょっと離れて、ステージが駆け抜けた土地の話。

伝統工芸白壁のための石灰を焼く村

55km地点で通ったカレラス・デ・ラ・シエラは、名前がそのまま「山の石灰窯」を意味する集落です。そこから5kmほど先のモロン・デ・ラ・フロンテラは、19世紀に石灰の産地として知られました。石灰を焼いていたのはふたつの集落で、ひとつがこのカレラス・デ・ラ・シエラ、もうひとつがカレラス・デル・プラド。どちらも、住民は石灰焼きだけで暮らしていました。いまもこのあたりには、「石灰焼き」を意味するカレーロという姓の人が多く住んでいます。焼いた石灰は、白壁を塗るためのものです。ユネスコは2011年、この石灰焼きを守る取り組みを無形文化遺産の「グッド・プラクティス登録簿」に選びました。

食文化セビリアのパンを焼いていた町

105km地点で通ったアルカラ・デ・グアダイラは、かつてセビリアのパンを焼いていた町です。町の名の後半にもなっているグアダイラ川の岸には、アラブ人支配の時代から製粉所が並んでいました。この川の名は、アラビア語で「怒りの川」を意味する語から来ています。挽いた小麦は、近くの森の材木を燃やす窯でパンになります。そのパンが家畜の背でセビリアへ運ばれ、街頭で売られました。町はそのパンの評判で『アルカラ・デ・ロス・パナデーロス』、パン屋のアルカラと呼ばれます。いまその窯はほとんど残っていません。大きなパン屋と冷凍のパンに押されて、伝統的なパン窯は閉じていきました。

写真: Wikimedia Commons(フリーライセンス)

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この記事を書いた人

Grand Tour Hub 管理人

ロードレースの面白さを初心者目線で伝えるファンサイトの管理人。いちばん好きなのは、ゴール直前までもがいてスプリンターを発射させたアシストが、仲間の勝利を確信して、自分はまだゴールの手前なのにガッツポーズをする瞬間です。

※ 観戦記は管理人による独自の執筆コンテンツです。選手タイプの解説はタイプ図もどうぞ。