ブエルタ・ア・エスパーニャ2026 Stage 112026年9月3日文: Grand Tour Hub 管理人

チャンピオンだらけのトレインが、初グランツールの21歳を3勝目へ運んだ

カルタヘナ → ロルカ 153.8km(平坦/獲得標高1,350m・主催者発表。地中海に開かれた港町カルタヘナを出て、ラグーンのマル・メノルぞいを北へ抜け、内陸のグアダレンティン谷を西へ走ってロルカへ向かいます。山岳ポイントは3級がひとつだけ。アルト・デ・アレド(9.5km・平均4.2%・標高623m)が121.8km地点で、その頂上はゴールまで32kmです。111.9km地点のトタナに中間スプリント。ロルカの市街に入るのは残り6.8kmからで、最後の2kmはラウンドアバウトを使った右折が2つ続き、残り400mに180度のヘアピンが待ちます。そこからゴールまではわずかな上りです)

ロルカの市街に入ってからの6.8kmには、ラウンドアバウトがいくつも並び、残り400mには180度のヘアピンが置かれていました。こういう道のスプリントは、速さだけでは決まりません。いちばん前でそのコーナーを抜けた選手が、たいていそのまま勝ちます。ヴィスマ・リースアバイクは、その一点だけを狙って朝から一日を組み立てました。そして最後の1km、この大会が始まるまでグランツールを一度も走ったことのなかった21歳——マシュー・ブレナンの前には、大きなクラシックを勝ってきたふたりがいました。

S3
カルタヘナを出てすぐ小さなこぶを2つ越えると、そこからはラグーンのマル・メノルぞいの平地です。海抜0m近い道が30kmほど続き、内陸へ入ってからじわじわと標高を上げていきます。唯一の坂は111.9km地点のトタナを過ぎてすぐ始まる3級アルト・デ・アレドで、9.5km・平均4.2%、標高623mの頂上はゴールまで32kmの地点。そこからは高台をゆるやかに下って、標高331mのロルカへ下りていきます 中間スプリント トタナ残り41.9km地点 3級山岳 アルト・デ・アレド残り32km地点

📊 今日のデータ

シーズン集計を見る →
スタート晴れ 31.4℃・風3.9m/s
ゴール曇り 34.4℃・風3.4m/s
逃げ4人 → 捕獲(残り93km)
決着集団スプリント(マシュー・ブレナン)
総合エンリク・マスが首位堅持(+78秒)
完走166 / 166人
敢闘賞イーサン・ヘイター(#124・Soudal–Quick-Step)

最後のグランツールを走る39歳が、朝から集団の先頭にいた

カルタヘナの港を出て6.5kmのパレード走行が終わると、旗が振られたその場から3人が前へ出ました。アレッサンドロ・コーヴドメン・ノヴァイーサン・ヘイタ。そこへシヌヘ・フェルナンデが単独で追いつき、逃げは4人になります。フェルナンデスにとっては、この大会4回目の逃げです。

ただ、この4人に許された差は、一日を通じて1分45秒まででした。30km地点でその数字を記録したあとは、もう増えていません。集団の先頭を引き受けたのはコフィディスとヴィスマ・リースアバイクで、前日とまったく同じ2チームです。その前日も、この2チームは逃げに2分55秒までしか与えていません。レースは一日じゅう自分たちの手の内にあったわけです。それでも、前日のヴィスマは勝てませんでした。ゴール前の2kmで発射台を使い切ってしま、最後は誰の列でもない混戦になったからです。

そのヴィスマの先頭で風を受けていたのが、ステフェン・クライスヴァイヨルゲン・ノードハーゲでした。39歳と21歳。チームでいちばん年上の選手と、18歳下の若手が並んで前を引いていました。

クライスヴァイクにとって、このブエルタは17年のプロ生活を閉じる最後のレースであり、24回目にして最後のグランツールでもあります。2016年のジロでマリアローザを5日着て、2019年のツールでは総合3位の表彰台に立った選手が、その最後の3週間で引き受けているのは、平坦ステージの前半を先頭で引き続ける仕事でした。

大会の前、本人はこう話しています。「ふつうは自分がこれからやる最初のレースを楽しみにするものだけれど、いまは逆になっている。これがプロとしてやる最後のレースだ。いい気分でもあるし、同時に、変な気分でもある」

この日、勝者と同じタイムでゴールしたのは96人です。ノードハーゲンは2分43秒遅れの105位、クライスヴァイクは9分39秒遅れの150位で帰ってきました。

出典:ラ・ブエルタ公式レポート: Brennan and the Bees readjust their focus(逃げの構成と最大差)ヴィスマ・リースアバイク公式レースレポート(クライスヴァイクとノードハーゲンが前を引いたこと)ラ・ブエルタ公式: 第11ステージ着順(同タイムは96人まで)Domestique: クライスヴァイクの引退インタビュー(17年、24回目にして最後のグランツール、「変な気分でもある」)

3級の山を先頭で越えたのは、この日の発射台だった

ゴールまで93kmを切ったあたりで、道は遮るもののない平地に出ました。最初に横風を使いにいったのはバーレーン・ヴィクトリアスのペリョ・ビルバで、その一撃で集団は裂けます。斜めの列が3つも4つもできました。いちばん動いたのはEFエデュケーション・イージーポストとリドル・トレック——この日を終えて総合5位と6位につけるリチャル・カラパマティアス・スケルモーを、割れた集団の前の側に置いておきたいチームです。前と後ろには35秒の差がつき、逃げの4人はこの混乱のなかで吸収されました。

先頭の列を落ち着かせにかかったのは、またクライスヴァイとコフィディスでした。

集団はほどなくひとつに戻りましたが、そこからまた出ていったのがヘイタでした。残り75km、今度はローレンス・ワーバが一緒です。ふたりの差は30秒までしか開かず、それでもトタナの中間スプリンはヘイターが先頭で、ワーバスが2番目に通過しました。集団の先頭でそこへ続いたのがワウト・ファンアールで、3位です。

そのすぐ先の補給地点で落車がありました。補給袋が飛び交うなかでケヴィン・ヴェルマーハミッシュ・マッケンジが倒れます。ヴェルマークはすぐ走り出しましたが、マッケンジーには時間がかかりました。この日いちばん遅くゴールしたのは彼で、勝者から15分34秒遅れています。

道はそのまま、この日唯一の山、3級のアルト・デ・アレドに入りました。9.5km・平均4.2%——スプリンタを振り落とすには足りない坂ですが、長さのぶんだけ苦しい時間は続きます。ここでヘイターとワーバスが吸収されます。エディ・ダンバが飛び出すと、ファンアールトがすぐ付いていき、頂上は先頭で越えました。ポイント賞ジャージを着ている選手が、この日はゴール前で味方を送り出す役目を負ったうえに、山岳ポイントまで持っていったことになります。

この日の敢闘はヘイターに贈られています。第2ステージ、第5ステージに続いて、この大会3回目です。

出典:ラ・ブエルタ公式レポート(横風での分裂・残り93kmでの吸収・アレドでの動き)Cyclingnews ライブ(中間スプリントの順序と、アレドの頂上をファンアールトが先頭で越えたこと)NOS ライブブログ(オランダの公共放送。オランダ語。ビルバオが最初に横風を使ったこと、EFとリドル・トレックの動き、補給地点の落車、クライスヴァイクとコフィディスが先頭を落ち着かせたこと)

残り6kmから牽き続けたのはアルミライユで、ラポルトは後ろで脚を残した

ロルカの市街に入る残り6.8kmから、道はラウンドアバウトを次々に並べてきます。ここでヴィスマは4人を前に固めました。先頭がブリュノ・アルミライ、その後ろにクリストフ・ラポルファンアールマシュー・ブレナ。集団は一本の細長い紐になります。

残り2.5km、そこへウノエックス・モビリティが3人で上がってきました。マグナス・コルのための列です。黄色いヴィスマの姿がいちど前から消えます。ラウンドアバウトをひとつ抜けた先で、また戻ってきました。

その数kmのあいだ、いちばん長く風を受けていたのはアルミライユです。彼が前で牽き続けているかぎり、ラポルトは風を受けずに済みます。ラポルトが受け持つのは最後のコーナーの手前までで、そこから先はファンアールトの番です。ラポルトがここで先頭に出てしまえば、早すぎる——だから、牽く役とその後ろで待つ役に分かれていました。

アルミライユは2018年にプロ入りした遅咲きのルーラで、フランスの個人タイムトライアル王者を3度獲っています。この日の彼のゴールは83位、勝者と同じタイムでした。

🔰 初心者向けメモ: トレインの順番は、速い順ではない

ゴール前に一列になるチームの隊列——トレインの順番は、速い順ではありません。前を走るのは、高い速度を長く保てる選手です。1km、2kmと引っぱり続ける能力と、10秒で終わる加速の能力は別のもので、両方を高いところで持っている選手はほとんどいません。

後ろにいくほど、担当する距離は短く、必要な加速は鋭くなります。いちばん後ろのスプリンターが受け持つのは、最後の150mや200mだけです。この日のヴィスマは、市街に入ってからの数kmをアルミライユ、最後のコーナーの手前までをラポルト、コーナーから先をファンアールトが担当しました。最後に引いた人が、いちばん長く引いたわけではありません。

出典:ヴィスマ・リースアバイク公式レースレポート(アルミライユが3人を位置に付けたこと)スポルザ ライブ(ベルギーの公共放送。オランダ語。アルミライユが引き続けた理由と隊列の順番)

残り400m、180度のコーナーを1番手で抜けたのはヴィスマだった

ゴールまで400mの地点に、180度のヘアピンが置かれていました。速度が完全に落ちる場所で、そこから先はわずかな上りです。この日のスプリントは事実上そのコーナーで決まる——スプリントを狙うチームは、それを分かっていました。

ヴィスマがそこへ入っていったのは、1番手と2番手でした。前がファンアール、その後ろにブレナ

「僕らは今日、1番手と2番手であのコーナーを抜けようとしていた。あのUターンが決定的な場所で、その狙いどおりに運んだ。クリストが自分の仕事のタイミングを完璧に計ったんだ」。ファンアールトはレース後にそう話しています。コーナーの入り方については、こうも言いました。「突っ込みすぎる失敗はしたくなかったし、少し慎重に入りすぎたかもしれない。それでも最後には、マシューを完璧に発射できた」

この並びは、1週間前とは逆です。第5ステージのロケテでは、ファンアールトが最後のコーナーまで引き、そこからラポルトがブレナンを送り出しました。この日は、ラポルトが引いてファンアールトが送り出しています。「こういうコーナーのあるスプリントでは、発射の選手も上位でゴールできる可能性が高い。クリストフと僕は似たタイプで、マシューはとても融通が利く。だから今日は役割を交換できて、それがよかった」

そのクリストフ・ラポルトは、33歳のフランス人です。2025年はサイトメガロウイルスに倒れて、走れたのは18日だけでした。「20分歩いただけで、帰ってくると完全に空っぽになっていた」——そう語った選手が、2026年9月2日のロルカで、最後のコーナーへ入る一瞬を計っていました。

このふたりは、3年前には反対の立場にいました。2023年のヘント〜ウェヴェルヘムで、ゴールまで10kmの地点でファンアールトがラポルトに「勝ちたいか」と聞き、その勝利を譲っています。もらう側だったラポルトが、この日はファンアールトをコーナーの先頭へ届けていました。

この日3位でフィニッシュしたヨルディ・メーウは、そのコーナーを5番手あたりで回っていました。「出口で少し柵のほうへ押し込まれた。抜け出せはしたけれど、もう脚が残っていなかった」。自分が2位に入った第5ステージと少し似ていた、とも言っています。あの日も、最後の直線が短かった、と。

🔰 初心者向けメモ: 鋭いコーナーの先のスプリントは、最高速ではなく戻る速さで決まる

ゴールの手前に180度のコーナーがあると、スプリントの中身が変わります。全員がそこで速度を落とされ、残った数百メートルで最高速まで戻す競争になるからです。

戻る速さは、出せる力だけでは決まりません。同じ力なら、体の軽い選手のほうが速く戻ります。純粋なスプリンターは加速のための筋肉を積んでいるぶん重く、長い直線ではそれが武器になりますが、コーナーの先の短い直線では逆に働きます。主催者がゴールの近くにコーナーを1つ置くだけで、勝てる選手の顔ぶれが変わるということです。

この日3位だったメーウスは、ヴィスマの3人に届かなかった理由を自分の言葉でこう説明しました。「あの選手たちは5〜10kgは軽い。だからあのコーナーのあと、簡単に速度に乗るんだ」。同じ取材のなかで、彼はこの日の自分の調子と脚を「すごくいい」とも言っています。

出典:スポルザ(ベルギーの公共放送。オランダ語。ファンアールトの発言「als eerste en tweede door de bocht」「de rollen om te wisselen」)スポルザ(ベルギーの公共放送。オランダ語。メーウスの発言「Die gasten zijn ook 5 a 10 kilogram lichter」)L'Avenir(ベルギーのフランス語紙。2026年3月。ラポルトの「20分歩けなかった」2025年)La DH(ベルギーのフランス語紙。2023年3月。ヘント〜ウェヴェルヘムでファンアールトが「勝ちたいか」と聞いた話)

勝った21歳が最初に話したのは、自分のために走った人たちの肩書きだった

コーナーの出口で、ブレナはいちどファンアールの後ろから外れかけ、元の位置へ戻ろうと横へ動いています。そこにいたのは、この日ブレナンにいちばん近いところまで来ることになるブライアン・コカーでした。進路をふさがれたコカールは、一瞬ペダルを止めています。降格などの裁定は出ず、着順はそのまま確定しました。

ブレナンがスプリントを始めたのはそこからで、あとは誰も並びかけていません。2位はそのコカール、3位はメーウ。この大会3勝目で、初めて走るグランツールでの3勝目でもあります。

ゴールのあと、彼が最初に話したのはコースのことでも自分の脚のことでもありませんでした。

「僕がいるのは、とんでもないチャンピオンだらけのチームなんです。グランツールの表彰台に立った人たちがいて、それを勝った人もいる。そのうえ、大きなクラシックを勝ってきた人たちもいる。その人たちが毎回、自分のために走ってくれる。すごい機会です。全開でやってくれることに、本当に感謝しています」

彼が並べた肩書きは、この日そこにいた人たちのことです。グランツールの表彰台に立ったのはクライスヴァイで、2019年のツール総合3位。グランツールを勝ったのはセップ・クで、2023年のブエルタ。大きなクラシックはファンアールトとラポル。クスはこの大会も同じチームで走っていて、この日は56位でゴールしています。

そして、こうも言っています。「これは百万分の一の状況だと思います。勝つつもりでこの競技に入って、2年もしないうちに、最高のチャンピオンたちが自分を勝たせようとしてくれている」

総合順位は113位、首位から1時間45分35秒遅れ。それが3週間の半分を終えた時点での彼の数字です。

そのブレナンがゴールラインを越えたすこしあと、ヴィスマのジャージがふたり、喜びながら入ってきました。市街に入ってから風を受け続けたブリュノ・アルミライと、最後のコーナーへ入る一瞬を計ったクリストフ・ラポルトです。着順は、あいだに他チームの選手をひとりはさんで83位と85位でした。

出典:Cyclingnews ライブ(ゴール直後のブレナンの発言「a team full of massive champions」と、最終コーナー出口でコカールの進路を塞いだ件)Cyclingnews: 記者会見でのブレナンの発言(「one in a million situation」)ヴィスマ・リースアバイク公式レースレポート(ブレナンの発言と着順)ラ・ブエルタ公式: 第11ステージ着順(アルミライユ83位、ハミルトン84位、ラポルト85位。3人とも勝者と同じタイム)

今日の寄り道

自転車をちょっと離れて、ステージが駆け抜けた土地の話。

食文化カルデロ——漁師の鍋から生まれた米料理

この日のプロトンが序盤に岸を伝ったマル・メノルは、砂州で地中海から切り離された塩水のラグーンです。名前は「小さいほうの海」という意味で、この地方では向こう側の地中海を「大きいほうの海」と呼びます。その岸とカルタヘナの海辺で食べられてきたのがカルデロで、名前は料理そのものではなく、漁師が使っていた鋳鉄の鍋から来ています。浜で3本の葦を上で縛って組み、そこに鍋を吊るして火にかけました。出汁は何種類もの魚から取ります。味を出すためだけに入れた雑魚は、出汁が出たら捨ててしまいます。食卓に運ばれてくるのは、捨てずにおいたほうの魚と米です。しかも同じ皿には盛りません——魚は魚、米は米で、2つに分けて出てきます。

伝統行事ロルカの聖週間——青と白、どちらの刺繍が美しいか

ゴール地ロルカの聖週間(セマナ・サンタ)は、2007年にスペイン政府から「国際的に観光価値のある祭り」に指定されています。この町の行列を特別なものにしているのは絹の刺繍で、そしてその刺繍をめぐって、ふたつの兄弟会——青の会(パソ・アスル)と白の会(パソ・ブランコ)——が並外れた競い合いを続けてきました。白の会は自前の刺繍博物館まで持っています。町はその2つの列を見比べてきたわけです。この日、その町のゴールへ一列で入ってきたのは、青でも白でもなく、黄色いジャージの列でした。

写真: Wikimedia Commons(フリーライセンス)

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この記事を書いた人

Grand Tour Hub 管理人

ロードレースの面白さを初心者目線で伝えるファンサイトの管理人。いちばん好きなのは、ゴール直前までもがいてスプリンターを発射させたアシストが、仲間の勝利を確信して、自分はまだゴールの手前なのにガッツポーズをする瞬間です。

※ 観戦記は管理人による独自の執筆コンテンツです。選手タイプの解説はタイプ図もどうぞ。