ブエルタ・ア・エスパーニャ2026 Stage 102026年9月2日文: Grand Tour Hub 管理人

最後の上りでスプリンターの列が消え、勝った伏兵のフランス人が泣いた

アルカラス → エルチェ・デ・ラ・シエラ 184.7km(丘陵/獲得標高2,720m・J SPORTS調べ。アルバセテ県の山あいを、シエラ・デ・アルカラスからシエラ・デル・セグラへ抜けます。細かい上り下りが最後まで途切れず、平坦らしい平坦はほとんどありません。山岳ポイントは3級が3つ。プエルト・デル・ペラレホ(5.2km・平均4.3%)が47.6km地点、プエルト・デ・アイナ(7.7km・平均4%)が86.3km地点、プエルト・デ・ソコボス(9.7km・平均3.5%)が163.2km地点です。125km地点のエジンに中間スプリント。最後のソコボスの頂上は残り21.5kmで、下ったあとは、残り5kmからゴールまで上りが続きます。最後の3kmは勾配が3〜4%まで上がります)

休息日をひとつ挟んで、ブエルタは2週目に入りました。3級の山が3つだけ、獲得標高は2,700mほど——コースの表だけ見れば、スプリンターのチームが集団をきちんと制御すれば集団スプリントになる一日です。実際、そのとおりの一日になりました。ただし、制御するはずだったチームは最後の2kmで自分たちの隊列を使い切っていて、ゴール前は誰の列でもない混戦になります。そこから飛び出したのは、優勝候補に名前の挙がっていなかったフランス人でした。

33S3
細かく上って下りるのを最後まで繰り返す形です。いちばん標高が高いのは序盤、スタートから20km過ぎの1,300m近い地点で、3つの3級山岳はどれもその高さには届きません。ゴールのエルチェ・デ・ラ・シエラは標高644m——出発したアルカラス(833m)より低い町ですが、最後の5kmだけは上りです 3級山岳 プエルト・デル・ペラレホ残り137.1km地点 3級山岳 プエルト・デ・アイナ残り98.4km地点 中間スプリント エジン残り59.7km地点 3級山岳 プエルト・デ・ソコボス残り21.5km地点

📊 今日のデータ

シーズン集計を見る →
スタート曇り 34.6℃・風4.3m/s
ゴール曇り 28.6℃・風4.6m/s
逃げ7人 → 捕獲(残り3.8km)
決着集団スプリント(バスティアン・トロンション)
総合エンリク・マスが首位堅持(+78秒)
完走167 / 168人
敢闘賞ミヒャエル・ゴグル(#106・Alpecin–Premier Tech)

2分55秒より先へは、一度も行かせてもらえなかった

休息日明けの脚は重い、とよく言われます。それでもアクチュアルスタートの旗が下りると、アタックはすぐに始まりました。最初に出た6人は一度飲み込まれ、15km地点でようやく次の6人が決まります。エンゾ・パレミヒャエル・ゴグヤッシャ・ズッターリファビアン・ヴァイシヌヘ・フェルナンデイバン・コ

そこへ、集団からフレドリク・ドゥヴァーシュネが追いかけました。1分近く離れたところから単独で橋を架け、逃げは7人になります。この選手は今年のジロ・デ・イタリア第15ステージを逃げ切りで勝っていて、同じことをもう一度やれる人でした。

ただ、この日の後ろは最初からそのつもりがありませんでした。集団の先頭を引き受けたのはヴィスマ・リースアバイクで、残り50kmからはコフィディスも加わります。ヴィスマはマシュー・ブレナワウト・ファンアールのため、コフィディスは第8ステーを勝ったブライアン・コカーのため——どちらもゴール前のスプリントに持ち込みたいチームでした。差が最も開いたのは2分55秒で、3分を超えたことは一度もありません。

それでも、先頭の7人には取れるものがありました。最初の3級プエルト・デル・ペラレホはパレニが先頭で越え、125km地点エジンの中間スプリンはヴァイスが取ります。ポイントの出る5位までを、7人のうち5人が分け合いました。ポイント賞ジャージを着るファンアールトには、この日、中間スプリントの取り分はありませんでした。

🔰 初心者向けメモ: 「3分は行かせない」——差の上限を決めているのは後ろ

逃げた選手たちが何分先行できるかは、逃げた人の脚だけでは決まりません。追う側のチームが「これくらいなら残りの距離で戻せる」と見積もった数字が、そのまま上限になります。

この日はヴィスマ・リースアバイクが先頭を引き受け、終盤にはコフィディスも加わりました。狙いはどちらもゴール前のスプリントで、与えた差は最大2分55秒。3分を超えることは一度もありませんでした。

逃げる側もそれを分かっています。だから逃げの中では、勝つための走りと、勝てなかったときに残るもの——山岳ポイントや中間スプリントのポイント——を取りに行く走りが、同時に進みます。この日の7人が中間スプリントの5位までを独占したのは、その後者です。

出典:ラ・ブエルタ公式(主催者): 第10ステージの山岳・中間スプリント通過順とポイントCyclingnews(イギリスの自転車専門メディア): 逃げの成立と差の推移(ライブブログ)

最後の3級山岳で、スプリンターと発射台がまとめて落ちた

この日の勝負どころは、残り21.5kmで頂上を迎える3級プエルト・デ・ソコボスでした。9.7kmで平均3.5%。数字だけ見れば坂と呼ぶのもためらう傾斜です。

その上りで、集団のほうが先に壊れました。逃げとの差を1分まで縮めたところでヴァランタン・パレパントが飛び出し、この日が30歳の誕生日だったエディ・ダンバが続きます。ダンバーはやがてひとりになり、残り29kmから40秒差で前を追い続けました。落ちてくる逃げの選手を拾いながらの追走です。ひとつ動きが出るたびにヴィスマが潰しに行き、潰したそばから次が出る。赤いジャージのエンリク・マまでが自分で脚を使って、リチャル・カラパの動きに付いていきました。

止まらないペースの上りで、後ろへ流れていったのはスプリンタたちです。マッズ・ピーダスがまず離れ、この日の勝ち目が消えました。そして落ちたのはエースだけではありません。ゴール前でエースを運ぶ役の選手たちも、同じ坂で同じように離れていきます。

頂上を先頭で通過したのはドゥヴァーシュネで、逃げは4人まで減り、差は30秒ほど。その25秒後ろにはマシュー・ブレナら4人が抜け出していて、集団はさらにその後ろにいました。

🔰 初心者向けメモ: エースが残っても、発射台が残らない日

スプリントの隊列——トレインは、勝負を任されたエース1人と、その前を順番に牽く数人でできています。牽く役はスプリンターに近い体つきの選手が多く、長い上りは得意ではありません。だから小さな丘でも、先に落ちるのはたいてい彼らのほうです。

この大会の第5ステーで書いたのは「3級の山が、その日のスプリンターを選ぶ」という話でしたが、山が選び落とすのはエースだけではないということです。エースが越えられても、越えた先に自分を運ぶ列がない。位置を上げるのも、風を受けるのも、最後の直線に入る場所を決めるのも、全部ひとりでやることになります。

列のないスプリントでは、順位が「誰がいちばん速いか」だけでは決まりません。誰がたまたまいい位置にいたか、誰が踏み始める瞬間を間違えなかったか——ふだんは隊列が消してくれている運の要素が、そのまま残ります。

出典:cyclowired(日本の自転車専門メディア): ソコボスでのアタック合戦とダンバーの誕生日Cyclingnews(イギリスの自転車専門メディア): ピーダスンの脱落と頂上通過時の差

残り1kmの手前で2人が出て、追ったのは人数の残っていたチームだった

最後まで残った2人のうち、ゴグが力尽きたのは残り7kmを切ったあたりでした。ドゥヴァーシュネはそこから後ろの数人と合流してさらに粘り、飲み込まれたのは残り3.8kmです。そのカウンターでワルテル・カルツォーが単独で前に出ます。これをブレナが自分の脚で消しにかかりました。第2ステージと第5ステージを勝っているスプリンターが、この日はファンアールのために先頭を牽き続けたのです。カルツォーニは残り2kmで捕まりました。

そこで、ブレナンの仕事も終わります。ヴィスマの列が消えた直後、ラスト1kmのゲートの手前でエフゲニー・フェドロが飛び出し、シャビエル・アスパレが合流します。2人が数車身を持って上りの直線へ入りました。

ところが、追う列が出てきません。スプリンターを運ぶ役の選手はソコボスで落ちていて、前に人数を残しているチームがほとんどなかったからです。そこで前に出たのが、グルパマ・エフデジ・ユナイテッドでした。この日、逃げにパレを送り込んでいたチームが、集団側にもまだ何人も残していたのです。

アスパレンはフェドロフの背中から抜け出してスプリントを始めましたが、後ろの塊はもう届く距離にいました。レース後、彼はもっと早くスプリントを始めるべきだったと認めています。2人はゴールラインの手前で飲み込まれ、フェドロフは12位、アスパレンは6位でした。

🔰 初心者向けメモ: 残り1km——「逃げ切る」と「スプリントする」は別の走り方

最後の1kmで前に出る選手には、2つのやり方があります。ひとつは逃げ切りを狙って早めに出て、後ろが足並みを揃える前に距離を作ること。もうひとつは集団の中で待って、最後の200〜300mだけを全開で走ることです。

使う脚が違います。前者は高くない速度を長く保ち続ける走りで、後者はいちばん高い速度をほんの数秒だけ出す走り。同じ1本の直線でも、途中でもう一段上げ直すのは簡単ではありません。

この日のアスパレンは前者で出て、後者に切り替えるのが遅れました。そして飲み込まれる側にとっていちばん残酷なのは、この2つのあいだに正解の一点があって、それがゴールしてからしか分からないことです。

出典:Ciclismo a Fondo(スペインの自転車専門誌): 終盤の展開とアスパレンの振り返り(スペイン語)cyclowired(日本の自転車専門メディア): 吸収地点、カルツォーニの飛び出し、グルパマの追走

ゴールしてから、勝ったことを教えてもらった

その追走の列の後ろに、バスティアン・トロンショがいました。前を牽いていたのはチームメイトのギヨーム・マルタ——ふだんは総合を走るクライマで、スプリントの発射をやる人ではありません。トロンションはその彼に、こう頼んでいました。「完全に脚がなくなるまで、全開で行ってくれ」

マルタンの背中から踏み込んだトロンションは、アスパレフェドロを外から抜き去り、追ってきたマグナス・コルティボー・ナイファンアールを一度も横に並ばせないまま、先頭でラインを越えました。

そして、腕は上がりませんでした。頭を抱えるようにして、そのまま流していきます。「前に誰か残っていると思ったし、スプリントの最中も誰かに抜き返されると思っていた。だから腕を上げなかったんだ」

そこからのことを、本人はこう話しています。「信じられなかった。本当に勝ったのかって聞いたんだ。そうしたら、本当に勝っていた」。まだ自転車から降りてもいないうちに、彼は泣きだしました。

24歳。シャンベリの生まれで、プロとしての勝利はこれが3つ目です。2022年、研修生として走りはじめて3日目にブエルタ・ア・ブルゴスの1日を勝ち、2025年に雨と泥のトロ・ブロ・レオンを勝ちました。ワールドツアーの勝利はこの日が最初で、グランツールの区間優勝も最初です。

「ここ数日は本当にきつかった。でも今日は感触がよかった」「いい一日になると分かっていたから、一日じゅうみんなに言っていたんだ」。準備は思うようにいっていなかったとも語っています。「うまくいっていなかった。ここ何週間か調子が上がらなくて、例年と違う変な感じだった。それでも『信じて続けよう、あとは見てみよう』と思っていた」

チームにとっても、今シーズン初のグランツール区間優勝でした。この日の平均速度は時速44.7km。主催者が配ったタイムスケジュールがいちばん速い想定として置いていたのは、時速43kmでした。

※ 公式アカウントが公開しているコンテンツの埋め込みです。映像の権利は各権利者に帰属します。

🔰 初心者向けメモ: 腕を上げる——ゴールの写真に残る数秒

ロードレースの勝者は、ラインを越えるときに両腕を上げます。その一枚がその日の写真になり、記事にもチームの発信にも繰り返し使われます。ゴール前の数秒に、それだけの意味が乗っています。

ただし上げるには、勝ったと確信していなければなりません。前に誰かが残っているのに腕を上げてしまえば、残るのはそちらの一枚になります。この日のスプリントは、まさに確信の持てない形で終わりました。1kmの手前で2人が飛び出し、集団はばらばらのまま追いかけ、ラインの手前で全部が重なったからです。

そして、上がる腕は勝った人のものだけでもありません。ツール2026の最終シャンゼリでは、2位でゴールしたスプリンターが前を行くチームメイトのために片腕を突き上げました。腕を上げるのは「勝った」の合図であると同時に、「よかった」の合図でもあります。

出典:Media365/Orange(フランスのスポーツメディア): 腕を上げなかった理由、マルタンへの言葉、涙(フランス語)Cyclingnews(イギリスの自転車専門メディア): 準備が良くなかったという本人の説明cyclowired(日本の自転車専門メディア): フィニッシュ直後の様子と本人コメントEFE/Infobae(スペインの通信社配信): 勝ちタイムと平均時速44.7km(スペイン語)

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今日の寄り道

自転車をちょっと離れて、ステージが駆け抜けた土地の話。

工芸アルカラスの絨毯

スタート地アルカラスは、いまは人口1,300人ほどの町ですが、イスラム期の10〜11世紀には絨毯と織機で名を上げた場所でした。町の名は先にあった山脈の名から来ていて、アラビア語で「桜の山」を意味します。プロトンが最初の坂を上っていったのは、その織物の町の裏山でした。

伝統行事エジンの太鼓

中間スプリントが置かれたエジンは、アルバセテ県では県都に次いで大きい町です。この町の一年は聖週間(セマナ・サンタ)を中心に回っていて、太鼓を打ち鳴らす「タンボラーダ」は2007年、スペイン政府から「国際的に観光価値のある祭り」に指定されています。数千人が一斉に太鼓を叩き続ける夜があり、聖木曜日がその頂点です。集団がこの町を1分35秒差で駆け抜けたのは、9月最初の日の曇った昼下がりでした。

伝統行事おがくずの絨毯

ゴール地エルチェ・デ・ラ・シエラには、聖体の祝日(コルプス・クリスティ)の前夜、町じゅうの通りをおがくずと木くずで埋める習わしがあります。始まりは1964年5月28日の未明です。町のフランシスコ・カルセレンがバルセロナ近郊で花の絨毯を見て、地元の製材所に余っていた木くずを自分の洋品店の染料で染めればできると考え、10人の若者と一枚を敷きました。いまは通りと広場に分かれた作り手たちが、一晩かけて宗教画や模様を描き上げます。2014年、ちょうど50年目にスペイン政府が「国内で観光価値のある祭り」に指定しました。描かれた絵は、翌朝の行列が通れば消えます。絨毯の町から出発したプロトンは、もう一種類の絨毯の町にゴールしたことになります。

写真: Wikimedia Commons(フリーライセンス)

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この記事を書いた人

Grand Tour Hub 管理人

ロードレースの面白さを初心者目線で伝えるファンサイトの管理人。いちばん好きなのは、ゴール直前までもがいてスプリンターを発射させたアシストが、仲間の勝利を確信して、自分はまだゴールの手前なのにガッツポーズをする瞬間です。

※ 観戦記は管理人による独自の執筆コンテンツです。選手タイプの解説はタイプ図もどうぞ。