2分55秒より先へは、一度も行かせてもらえなかった
休息日明けの脚は重い、とよく言われます。それでもアクチュアルスタートの旗が下りると、アタックはすぐに始まりました。最初に出た6人は一度飲み込まれ、15km地点でようやく次の6人が決まります。エンゾ・パレニ、ミヒャエル・ゴグル、ヤッシャ・ズッターリン、ファビアン・ヴァイス、シヌヘ・フェルナンデス、イバン・コボ。
そこへ、集団からフレドリク・ドゥヴァーシュネスが追いかけました。1分近く離れたところから単独で橋を架け、逃げは7人になります。この選手は今年のジロ・デ・イタリア第15ステージを逃げ切りで勝っていて、同じことをもう一度やれる人でした。
ただ、この日の後ろは最初からそのつもりがありませんでした。集団の先頭を引き受けたのはヴィスマ・リースアバイクで、残り50kmからはコフィディスも加わります。ヴィスマはマシュー・ブレナンとワウト・ファンアールトのため、コフィディスは第8ステージを勝ったブライアン・コカールのため——どちらもゴール前のスプリントに持ち込みたいチームでした。差が最も開いたのは2分55秒で、3分を超えたことは一度もありません。
それでも、先頭の7人には取れるものがありました。最初の3級プエルト・デル・ペラレホはパレニが先頭で越え、125km地点エジンの中間スプリントはヴァイスが取ります。ポイントの出る5位までを、7人のうち5人が分け合いました。ポイント賞ジャージを着るファンアールトには、この日、中間スプリントの取り分はありませんでした。
🔰 初心者向けメモ: 「3分は行かせない」——差の上限を決めているのは後ろ
逃げた選手たちが何分先行できるかは、逃げた人の脚だけでは決まりません。追う側のチームが「これくらいなら残りの距離で戻せる」と見積もった数字が、そのまま上限になります。
この日はヴィスマ・リースアバイクが先頭を引き受け、終盤にはコフィディスも加わりました。狙いはどちらもゴール前のスプリントで、与えた差は最大2分55秒。3分を超えることは一度もありませんでした。
逃げる側もそれを分かっています。だから逃げの中では、勝つための走りと、勝てなかったときに残るもの——山岳ポイントや中間スプリントのポイント——を取りに行く走りが、同時に進みます。この日の7人が中間スプリントの5位までを独占したのは、その後者です。
出典:ラ・ブエルタ公式(主催者): 第10ステージの山岳・中間スプリント通過順とポイント ↗Cyclingnews(イギリスの自転車専門メディア): 逃げの成立と差の推移(ライブブログ) ↗