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ツール・ド・フランス2026 Stage 162026年7月22日文: Grand Tour Hub 管理人

五輪二冠が絶対王者から28秒を奪い、もう一人のエースはコーナーに散った

エヴィアン=レ=バン → トノン=レ=バン 26.1km(個人タイムトライアル。前半は2級コート・ド・ラランジュへの登り、中盤はヘアピンの続く下り、終盤はレマン湖岸の平坦——「登り・下り・平坦」が3分の1ずつの三部構成)

3週間でただ一度の個人タイムトライアルは、レマン湖畔の26.1km。ベルギー建国記念日の7月21日、五輪二冠のエヴェネプールが絶対王者ポガチャルから28秒を奪い、山頂ゴールに続く2連勝を飾りました。けれど同じ午後、「レムコをパリの表彰台に」と誓ったばかりの総合5位リポヴィッツが、ひとつの右コーナーで落車し、鎖骨を折ってツールを去ります。同じチームに歓喜と悲嘆が同時に届いた、明暗の一日でした。

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エヴィアンの湖畔を発ち、2級コート・ド・ラランジュ(9.7km・平均4.3%)を登る前半、ヘアピンの続くテクニカルな下りの中盤、レマン湖岸をトノンへ走る平坦の終盤——「登り・下り・平坦が3分の1ずつ」の26.1km個人TT 2級山岳 コート・ド・ラランジュ10km地点

📊 今日のデータ

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スタート晴れ 26.5℃・風2.4m/s
ゴール晴れ 26.9℃・風2.4m/s
決着個人TT(レムコ・エヴェネプール)
総合タデイ・ポガチャルが首位堅持(+272秒)
完走165 / 166人
敢闘賞なし(個人TTのため対象外)

建国記念日の32分19秒——両親と妻の前で

個人タイムトライアルは、風よけも駆け引きもない「ひとりだけのレース」。総合成績の逆順に1人ずつ出走するため、レースが深まるほど強い選手が現れる構成です。総合2位のエヴェネプールは、最初の計時ポイントからすでにポガチャルより速く、2級コート・ド・ラランジュの頂上では、この日3位に入るスケルモースに55秒の大差をつけました。休息日の試走で「とても速くて、テクニカルで、少し危険でもある」と自ら評した下りも無傷で駆け抜け、32分19秒・平均時速48.4km。2位のポガチャルに28秒差をつける完勝でした。この日、7月21日は母国ベルギーの建国記念日。ゴールには家族の姿がありました。「本当にうれしい勝利だ。素晴らしいタイムトライアルだった。両親が来てくれて、妻もここにいる。とても感動的だったよ」。第15ステージの山頂勝利に続く2連勝で、総合の差は5分00秒から4分32秒へ。TTの名手が、最も大切な祝日に、最も得意な土俵で結果を出しました。

🔰 初心者向けメモ: TTは総合の逆順に走る——マイヨ・ジョーヌは最後

個人タイムトライアルの出走順は、総合成績の逆順が基本です。総合下位の選手から1〜2分間隔で1人ずつスタートし、マイヨ・ジョーヌが最後に走ります。後から出る選手ほど、先に走ったライバルの中間タイムを知ったうえで走れる——総合上位ほど「相手の手札を見てから勝負できる」仕組みで、テレビ観戦も終盤に向けて盛り上がるようにできています。それでも、知っていて追いつけないことがあるのが、ひとりで走るこの種目の残酷なところです。

出典:TOUR Magazin: Evenepoel wins time trial, Lipowitz crashesCyclingUpToDate: Results Tour de France 2026 Stage 16

もう一人のエースは、表彰台ペースのまま右コーナーに散った

勝者のインタビューには、続きがありました。「チームメイトのリポヴィッツが落車したと聞いたんだ。この勝利が、ほろ苦い薬を飲み込むようなものになってしまった。深刻でないことを祈っているよ」。今大会のレッドブルは、どちらがエースかを明言しない「二人エース」体制で走ってきました。その並立に区切りをつけたのは、休息日のリポヴィッツ自身です——「一番の目標は、チームの誰かをパリの表彰台に乗せること。その可能性が最も高いのはレムコだ」。総合5位の自分の椅子より、チームの表彰台を選んだ男。その彼が、この日は自分の走りでも輝いていました。TTのスペシャリストではないと言われながら第2計時ポイントで全体4位、最終計時ポイントではこの日3位のスケルモースとわずか3秒差——ステージ表彰台さえ見えるペースでした。それが、残り約6kmの鋭い右コーナーで終わります。車輪が滑り、体はハンドル越しに投げ出され、縁石へ。中継のリプレイでは、横断歩道の白いペイントの上で滑ったように見えました。しばらく路肩に座り込み、肩を押さえたまま救急車に乗せられたリポヴィッツについて、チームはその後、鎖骨骨折を発表します。「ここ2週間の傑出した走りと、数々の記憶に残る瞬間のあとで、あまりに苦く、あまりに早すぎる2026年ツールの終わりとなった。チーム全員がフロリアンを支え、あらゆる場面で寄り添っていく。いまは彼の回復に全力を注ぐ」。第15ステージのヴィンゲゴーに続き、休息日を挟んだ2日のレースで、総合上位の2人がどちらも鎖骨を折って去りました。監督のパチ・ビラは、この日をこう締めくくっています。「片方では勝ててうれしい。でももう片方では、フロリアンがあんな落車をして、悲しいんだ」

🔰 初心者向けメモ: TTバイクは「曲がる」のが苦手

タイムトライアル専用バイクは、空気抵抗を削ることにすべてを捧げた機械です。前方へ突き出したDHバー(エアロバー)に肘を載せて深く前傾し、まっすぐ速く走ることにかけては最強——ただし代償として、曲がることと止まることが苦手です。伏せた姿勢ではブレーキレバーに指が届かないため、コーナーの前では上体を起こしてハンドルを持ち替える必要があり、前寄りの乗車姿勢はタイヤの限界も読みにくくします。それでも選手は、数秒を削るためにコーナーをぎりぎりの速度で抜けようとする。時計との勝負が機材の苦手とぶつかる場所で、この日の悲劇は起きました。

出典:Domestique: Lipowitz abandons Tour de France with broken collarboneNBC Sports: Evenepoel wins time trial for back-to-back stage victories

絶対王者も、同じコーナーで落車しかけていた

あのコーナーで危なかったのは、リポヴィッツだけではありませんでした。最後の出走者ポガチャルも、同じ場所で危うく落車しかけていました。「リポヴィッツが落車したコーナーだと思うけれど、試走のときはあそこに主催者の車が停まっていて、ラインがよく見えなかったんだ。私もほとんど落車しかけた」。休息日にプロトン総出で行われた試走という「宿題」を、絶対王者もきちんと済ませていました。それでも、車が一台停まっていただけで、頭の中のコース地図には空白が残る——タイムトライアルの準備の緻密さと危うさを、同時に物語る証言です。登りの頂上で「レムコに約15秒遅れ」と伝えられた時点で、彼は心を決めていました。「よし、ここからゴールまではリスクを取らない、と」。結果は28秒差の2位。それでも絶対王者の言葉は穏やかでした。「もちろん勝ちたかった。でもレムコは世界王者で、五輪王者で、欧州TT王者だ。ブラボーと言うほかない。見事だよ」。そして4分32秒に縮まった総合のリードについては、こう釘を刺します。「まだ終わっていない。まだ1週間あるんだ。差は十分だけれど、たった1日で何が起きるかは誰にも分からない」——それがどういう意味かは、ヴィンゲゴーとリポヴィッツを2日間で見送ったプロトンの誰もが、知りすぎるほど知っています。

出典:CyclingUpToDate: “I almost crashed as well” - Pogacar reveals near miss

遅刻さえなければ——5秒に泣いたオランダ人

この日は、悔しくも少しだけ微笑ましい「もし」の話もありました。ネットカンパニー・INEOSのアレンスマンが、自分の出走時刻に出走台へ間に合わなかったのです。個人タイムトライアルのスタートは1秒たりとも待ってくれません。選手が現れなくても計時は予定時刻に始まる決まりで、慌てて飛び出した彼の時計には、走り出す前からすでに十数秒が刻まれていました。それでも中身は見事な走りで、最初の計時ポイントではその時点の全体4位に食い込みます。ゴールタイムは34分06秒のステージ7位。6位のカッタネオとの差は、わずか5秒でした——つまり、出走台で失った時間のほうが大きかったのです。ゴール後のアレンスマンが悔しさを隠せずにいたのも無理はありません。数秒を削るために機材から姿勢まで磨き上げる種目で、コースの上だけでなく、スタート前の廊下にも落とし穴が待っています。

🔰 初心者向けメモ: 出走時刻は絶対——遅れても時計は回る

個人タイムトライアルでは、全選手の出走時刻が分単位で事前に決められています。遅れて出走台に現れた場合も、計時は予定時刻から始まる——つまり遅刻はそのままタイムロスになります(大幅に遅れれば失格の対象にもなります)。だから選手たちは、ウォーミングアップのローラー台を降りる時間から逆算して分刻みで動き、チームスタッフが「あと何分」を叫び続けるのです。レースが始まる前からレースは始まっている——タイムトライアルの日のパドックが独特の緊張感に包まれる理由です。

出典:Cyclingnews: As it happened — stage 16 time trial live blogIDL Pro Cycling: Evenepoel storms to back-to-back victories (Arensman late start)

「時には賭けが必要だ」——空いた表彰台への号砲

この日、エヴェネプールが現れるまで暫定首位の椅子に座っていたのはスケルモースでした。「コーチと話して、時には賭けに出る必要がある、と決めたんだ」。序盤の登りから、自分でも「可能だと思っていた以上に」踏み込む強気のペース配分。それが最後まで持ちこたえ、この日3位・1分04秒差に踏みとどまりました。「すごくうれしい。僕らは今日、存在を示したかった——それができたと思う」。所属するリドル・トレックの総合エースは、彼より前を走るアユソです(「フアンが今もチームの中心だよ。総合で僕の前にいるからね」)。それでも2人そろって、最終週の表彰台を狙える位置につけています。ヴィンゲゴーリポヴィッツが去り、表彰台争いは大きく開けました。首位ポガチャルから4分32秒差でエヴェネプール、6分51秒差でデルトロ、7分11秒差で19歳のセクサス、9分22秒差でアユソ、そしてスケルモースと続きます。セクサスはこの日、ステージ4位でデルトロを上回り、白ジャージ(ヤングライダー賞)を懸けた2人の総合の差は20秒。残るアルプスの3日間は、絶対王者のリードの陰で、椅子取りゲームの号砲が鳴った状態で始まります。

出典:Trek Race Shop: Skjelmose shines in Tour de France time trial

今日の寄り道

自転車をちょっと離れて、ステージが駆け抜けた土地の話。

土地の記憶「ごちそう」の語源伝説、リパイユ城

ゴールの町トノン=レ=バンの湖岸には、ブドウ畑に囲まれたリパイユ城が立っています。15世紀、サヴォワ公アメデ8世が隠棲した館で、フランス語の「フェール・リパイユ(faire ripaille=ごちそうを楽しむ)」はここで公たちが豪勢な宴を重ねたことが語源だ——という伝説で知られる場所です。実際にはこの言い回しは城より前から文献に現れるそうで、伝説は「できすぎた話」なのですが、それでも城の名前が「ごちそう」と結びついて語り継がれてきたこと自体が、この土地の豊かさの証明でしょう。数秒を削るために何も味わわず駆け抜けた選手たちには、少し気の毒な土地柄です。

土地の記憶1888年から動き続けるケーブルカー

トノン=レ=バンの旧市街は、レマン湖を見下ろす高台にあります。湖畔のリーヴ港と町を結ぶのが、1888年開業のケーブルカー「フニキュレール・トノン=リーヴ」。全長220m・高低差46mを2分足らずで結ぶ小さな乗り物ですが、130年以上たった今も現役で、湖と町の暮らしをつないでいます。この日の選手たちが平坦区間で駆け抜けた湖岸と、表彰台のある市街地——その高低差を、地元の人は毎日この赤い車両で行き来しています。

写真: Wikimedia Commons(フリーライセンス)

この日の公式ハイライト

J SPORTS公式: 第16ステージ フィニッシュシーン
Velon公式: 第16ステージ ハイライト
J SPORTS公式: 辻啓の現地レポート 第16ステージ

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この記事を書いた人

Grand Tour Hub 管理人

ロードレースの面白さを初心者目線で伝えるファンサイトの管理人。いちばん好きなのは、ゴール直前までもがいてスプリンターを発射させたアシストが、仲間の勝利を確信して、自分はまだゴールの手前なのにガッツポーズをする瞬間です。

※ 観戦記は管理人による独自の執筆コンテンツです。選手タイプの解説はタイプ図鑑もどうぞ。