ブエルタ・ア・エスパーニャ2026 Stage 42026年8月26日文: Grand Tour Hub 管理人

世界王者が50km独走で勝ち、2位は追う6人のスプリントで決まった

アンドラ・ラ・ベリャ → アンドラ・ラ・ベリャ 104.8km(山岳/獲得標高2,890m。スタート直後から1級山岳ポルト・デンバリラ(23.3km・平均5.1%)で大会最高地点2,409mへ。長い下りのあと1級山岳コリャダ・デ・ベイシャリス(6.5km・平均8.5%)、1級山岳コリェ・ドルディーニョ(9.9km・平均7%)、3級山岳アルト・デ・ラ・コメリャ(3.9km・平均5.9%)と続く。中間スプリントは残り36.4kmのオルディーノ。今大会で唯一の下りゴール)

雹で第3ステージが中止になった翌日、レースは3か国目のアンドラへ移りました。わずか104.8kmに1級山岳が3つ、大会最高地点は標高2,409m。前日つくはずだった総合の差が、24時間遅れでつく一日です。差はつきました——残り50kmから始まった独走で、2位に2分39秒。総合では3分21秒。そして赤・緑・水玉、3つの順位表の首位が同じ名前に集まりました。

11S13
スタート地点のアンドラ・ラ・ベリャがすでに標高1,140m。この日の道は、最後に下りきるゴールの1,014mを除いて1,100mを切りません。いちばん高いポルト・デンバリラの2,409mが大会最高地点。最後は3級山岳アルト・デ・ラ・コメリャの頂上から4.8km下ってゴールします 1級山岳 ポルト・デンバリラ残り80km地点 1級山岳 コリャダ・デ・ベイシャリス残り46km地点 中間スプリント オルディーノ残り36km地点 1級山岳 コリェ・ドルディーニョ残り26km地点 3級山岳 アルト・デ・ラ・コメリャ残り5km地点

📊 今日のデータ

シーズン集計を見る →
スタート曇り 24.2℃・風3m/s
ゴール曇り 24.2℃・風3m/s
逃げ16人 → 捕獲(残り67km)
決着独走(タデイ・ポガチャル)
総合タデイ・ポガチャルが首位堅持(+201秒)
完走182 / 182人
登坂記録コリャダ・デ・ベイシャリス(1級) 17:34・VAM 1,892m/h(タデイ・ポガチャル)
登坂記録コリェ・ドルディーニョ(1級) 23:22・VAM 1,785m/h(タデイ・ポガチャル)
敢闘賞タデイ・ポガチャル(#11・UAE Team Emirates XRG)

休むところがない104.8km——スタート25kmで、もう大会最高地点

アンドラ・ラ・ベリャの街を出ると、道はすぐ上りに変わります。1級山岳ポルト・デンバリラ、全長23.3km。平均勾配5.1%は穏やかに見えますが、きついのは標高2,000mを超えてからで、頂上の2,409mはこの3週間でいちばん高い場所です。ピレネーでもっとも高い舗装路の峠でもあります。

攻撃は最初から飛び交いました。ヴィスマ・リースアバイクがこの動きに5人を送り込み、前で固まったのは16人ほど。そのなかに、XDSアスタナのロレンツォ・フォルトゥナーがいました。

そのころ、集団の後方から静かに落ちていく選手がいます。モビスターのキアン・アイデブルック。2日前の落車で左足首を痛めていました。アンドラは、彼が暮らす国です。

デンバリラの頂上を先頭で越えたのはフォルトゥナートでした。けれど後ろでは、デカトロン・CMA CGMが尋常でないペースで上っていました。頂上での差はもう30秒足らず。27kmの下りの途中で、逃げは消えます。残り67km、レースは振り出しに戻りました。ただし集団は、もう30人ほどしか残っていません。

その30人のなかに、ジョアン・アルメイの姿はありませんでした。ポガチャの右腕は、最初の上りで千切れています。

🔰 初心者向けメモ: 104kmが「クイーンステージ級」になる理由

距離が短いステージは、楽な日ではありません。3週間のグランツールで選手が走る基準は「今日をどう生き延びるか」で、200kmを超える日に序盤から全開で踏めば終盤に何も残りません。ところが100km前後になると、その計算が消えます。最初の上りから全力で踏んでも、体は最後まで持ってしまう。

だから主催者は、山を詰め込んだ日をわざと短くします。休むところがどこにもない設計で、実際にレースは1つ目の峠から全開になりました。

残り50.3km——いちばん急な坂で、赤いジャージが動いた

2つ目の1級山岳コリャダ・デ・ベイシャリスは6.5km・平均8.5%、急なところは16%。1級山岳3つのなかでいちばん短く、いちばん急な坂です。

上りに入ると、デカトロン・CMA CGMがまた先頭に出ます。エースのフェリックス・ガのために、同じオーストリア人のグレゴール・ミュールベルガが引きました。集団は15人を切ります。UAEチーム・エミレーツ・XRGもジェイ・ヴァイを送り出しますが、長くは続きません。

残り50.3km、上りに入ってすぐ。赤いジャージが腰を上げます。

反応できたのはガルだけでした。それも長くは続きません。すぐに15秒差がつき、2km進んだところで48秒。タデイ・ポガチャは頂上を1分30秒あまりの差で越えていきます。ゴールまで、まだ45km以上ありました。

そんなに早く行く必要があったのか、と聞かれた本人の答えはこうです。「いや、そうする必要はなかった。でも最初の上りからペースがすごく速くて、2つ目の上りでは麓からほぼ全開だった」「ジェイ(ヴァイン)が先を譲ってくれて、僕がデカトロンの真後ろについたとき、こう思ったんだ。総合勢を相手に自分だけ孤立するのは避けたい、彼らは全員で僕に対抗してくるから、と。上りでアタックしてみて、あとはゴールまで持ちこたえられることを願うだけだった。差を開けられると分かったから、そのまま行った。かなりきつかったけれど、美しい一日だったよ」

この坂には、追う側の記憶もありました。2021年のツール・ド・フランス、同じベイシャリスの上りでアタックして、そのままアンドラ・ラ・ベリャまで先頭でゴールしたのがセップ・クです。そのとき彼が刻んだ18分58秒は、2018年に集団が出したタイムと並ぶ、タイムの記録が残る2015年以降ではこの坂の最速でした。

ポガチャルは、それを17分34秒で上っています。1分24秒の更新。同じ坂を、クスを含むこの日の追走集団は19分14秒で通過しました。5年前の勝者は、自分の記録を塗り替えられる側の集団にいたことになります。続くコリェ・ドルディーニョも23分22秒で、こちらもこの峠の最速でした。

🔰 初心者向けメモ: なぜライバルが引くと、いちばん強い選手が得をするのか

集団の先頭でペースを上げるのは、ふつう「自分のエースに有利な形を作る」ためです。速く上るほどついていけない選手が落ちていく——集団を「絞る」作業です。

ところが絞られて困るのは、しばしば仕掛けた側です。人数が減るということは、いちばん強い選手を止められる人も減るということだから。この日デカトロン・CMA CGMがベイシャリスで集団を15人以下にしたとき、そこにいたいちばん強い選手はポガチャルでした。

モビスターのイバン・ロメオは、レース後にこう言っています。「デカトロンはUAEのためにレースを作った。家で見ていた人が理解できたかは分からない。……僕もちょっと理解しきれなかった」

出典:Cyclingnews: Tadej Pogačar twists the knife with 50km solo raid in Andorra to win stage 4Eurosport_ES 公式X: イバン・ロメオのレース後コメント(スペイン語)WielerFlits: ポガチャルがベイシャリスとオルディーノで登坂記録を更新(オランダ語)ammattipyöräily 公式X: コリャダ・デ・ベイシャリスの歴代登坂タイムMihai Simion 公式X: コリェ・ドルディーニョの登坂タイム

オルディーノからゴールまで——独走の途中で、彼はペースを緩めた

残り36.4km、オルディーノの村に中間スプリンが置かれていました。ポイント賞のための地点で、ふつうはスプリンタか逃げた選手が争います。(このあとの1級山岳コリェ・ドルディーニョは、この村の名を冠した峠です)

この日そこを最初に通過したのは、独走中のポガチャでした。誰とも競らず、通り過ぎるだけで取れた20点です。山も同じでした。ポガチャルは残る3つの峠すべてを先頭で越えて23点。朝いちばんの峠で山岳賞の首位に立ったフォルトゥナーの10点は、一日の終わりには2番目の数字になっていました。

その独走の途中、沿道にひとりの男が立っていました。アダム・イェーツ。ポガチャルと同じUAEチーム・エミレーツ・XRGの選手で、この大会は走っていません。アンドラは、彼が暮らす国です。

沿道から声援を送るイェーツに気づいたポガチャルは、ペースを落としました。イェーツが並んで走り出し、ふたりは拳を合わせます。そのぶん、ポガチャルはわずかにタイムを失っています——後ろに2分以上の貯金があったとはいえ、独走中の選手が自分から手放した時間です。

「アダムだとは分かっていた。でも道で彼に会うとは思っていなかったから、見られて本当にうれしかったし、見つけられてよかった」。レース後、ポガチャルはそう話しています。「全開で走っているときでも、人の顔が分かるのはいいものだよ」

そして104.8kmを2時間40分35秒。グランツールでは自身最長となる50kmの独走勝利で、ポガチャルはアンドラ・ラ・ベリャに帰ってきました。7年前、彼は20歳でこの国に来て、初めてのグランツールで初めての区間優勝を挙げています。「自分がこんなふうに走るようになるなんて、一秒たりとも思ったことがなかった。アンドラで走った最初のときの記憶が、本当に美しいんだ。キャリアでいちばん好きな瞬間のひとつで、あの日のことは決して忘れない」

一日を終えて、総合首位、ポイント賞首位、山岳賞首位。3つの順位表の先頭に、同じ名前が並びました。ただし着られるのは1枚だけなので、ポイント賞の緑と山岳賞の水玉は2番手の選手が「代理」で着ます(この仕組みは第2ステージの観戦で書きました)。白いジャージだけは25歳以下を比べる別の物差しで、それを着ることになる選手は、まだ2分39秒後ろにいました。

沿道のアダム・イェーツと拳を合わせるポガチャル(Velon公式)

出典:ラ・ブエルタ公式: 「I didn't want to be isolated against the GC riders」 — ポガチャルのレース後インタビューCyclingnews: As it happened — 第4ステージ ライブレポート(同じインタビューの全文)Cyclingnews: 「I'm not thinking about who is the best」 — ポガチャルのレース後コメントラ・ブエルタ公式: 第4ステージ 各賞ランキング

2分39秒後ろの椅子取り——9人が6人になるまで

ポガチャが見えなくなったあと、後ろでは別のレースが始まっていました。争っているのは2位です。

3つ目の1級山岳コリェ・ドルディーニョでがまた仕掛け、ついていけたのはオスカー・オンリひとり。そこへプリモシュ・ログリッが猛烈な勢いで橋を架け、エンリク・マセップ・クも合流します。5人。ただしその5人は回らず、回らなかったぶん後ろが追いついて、下りきったところで9人になっていました。

最後の3級山岳アルト・デ・ラ・コメリャで、その9人が削られます。マティアス・スケルモーリチャル・カラパ、そしてガルを最後の坂まで運び終えたミュールベルガが振り落とされ、残ったのは6人。頂上に置かれた2位の4秒をオンリーが、3位の2秒をガルが取りました。1位の6秒は、とっくにポガチャルが持っていったあとです。

ポガチャルがゴールしてから2分39秒後、6人が最終ストレートへ雪崩れ込みます。先頭でスプリントを開始したのはガル。その横から差し切ったのは、ロット・アンテルマルシェのヤルノ・ウィダー、20歳。プロ1年目で、グランツールはこれが初出場です。6人とも、同じ2分39秒でした。

4位のオンリーは、これで白いジャージを手にしました。ただし前の晩は眠っていません。「一晩じゅうトイレにいたことを考えれば、正直けっこう満足しているよ」。ポガチャルに何かできたかと聞かれると、答えはこうでした。「いや、別に。彼には彼のことをやらせて、僕らは僕らのあいだで走った」

🔰 初心者向けメモ: 追走集団は、なぜ回らないのか

前を追う集団は、先頭交代をしながら風を分け合えばいちばん速く走れます。それでも足が止まるのは、全員の目的が違うからです。総合順位で前にいる選手は、後ろの選手を連れて行きたくない。ボーナスタイムを狙う選手は、そのぶんの脚を残しておきたい。1秒でも前に出たい相手と一緒に風を受けるのは、協力ではなく取引です。

出典:Cyclingnews: 「I was up all night」 — オスカー・オンリーのレース後コメントCyclingnews: As it happened — 第4ステージ ライブレポート

26分11秒後ろで、最後にゴールした男

この日の完走者は182人。その最後のひとりが、キアン・アイデブルックでした。勝者から26分11秒。彼が暮らし、練習している道の上での話です。

第2ステージ、彼は機材トラブルでバイクを交換し、集団へ戻る途中のロータリーで単独落車していました。翌日の時点では「まわりに水がたまっていて見えにくいけれど、小さなひびがあるかもしれない」と本人が話す段階でした。それが左足首のひびとして確定したのは、第4ステージのスタート前です。

スタートの上りで、彼は最初に千切れた選手のひとりになります。その姿を、ベルギーの公共放送スポルザの解説者はこう言いました。「あれは自転車に座っているんじゃない。自転車にぶら下がっているんだ」

ゴールしたあと、彼は泣きました。「この痛みには、もう耐えられない」——チームメイトに向けたその一言に、仲間が集まってきます。モビスターはその夜、彼が感情をこらえきれない映像とともに、こう書きました。「キアン、僕らがどれだけ君を誇りに思っているか、君は分かっていない。君にとって難しい一年のなかで、このステージを走りきるために全部を出した。君はもう、自分に何ができるかを見せてきた。君はファイターだ。君がまたそれを見せることを、僕らは疑っていない」

その翌日、彼は第5ステージのスタートラインに立ちませんでした。第2ステージの落車で負った怪我が当初の見立てより重いことが検査で分かった、というのがモビスターの説明です。

🔰 初心者向けメモ: この日、制限時間は朝のうちに書き換えられていた

グランツールには毎日、制限時間があります。勝者のタイムから一定の割合だけ遅れると、翌日を走れません。割合はステージの種類と勝者の平均時速で決まり、山岳の日ほど緩くなります。

この日、当初チームに通知されていたのは16%でした。勝者のタイムは2時間40分35秒。ゴールが遅かった8人は、その線の外側にいます。ところが当日の朝、その割合は20%に変更されていました。報道機関には知らされず、各チームの監督にだけ届いた通知です。

アイデブルックスの26分11秒は、書き換え前なら失格でした。救われたのは、彼を含む8人です。

出典:Sporza: 「Ik kan deze pijn niet meer aan」 — 最後にゴールしたアイデブルックス(オランダ語)Sporza: 「Veel afgezien de laatste tijd」 — 落車と足首の状態(オランダ語)IDL Pro Cycling: モビスターがアイデブルックスに贈った言葉(英語)Sporza: 「Na verdere tests is vastgesteld dat de blessure ernstiger is dan werd ingeschat」 — 第5ステージをスタートせず(オランダ語)

今日の寄り道

自転車をちょっと離れて、ステージが駆け抜けた土地の話。

食文化トリンシャット——冬キャベツとじゃがいもの、山の一皿

アンドラの家庭料理といえばトリンシャットです。冬キャベツとじゃがいもを一緒に茹でて潰し、豚の塩漬け肉と脂を足してフライパンで焼く。仕上がりは、崩れたスペイン風オムレツに濃い緑が混ざったような姿になります。名前はカタルーニャ語の動詞 trinxar(刻む)の過去分詞で、そのまま「刻んだもの」という意味です。アンドラと、国境をはさんだカタルーニャのセルダーニャ地方・アルト・ウルジェイ地方に共通する、体を温めるための冬の料理。セルダーニャのプッチサルダーでは、毎年トリンシャットの祭りが開かれます。

伝統行事ファリェス——夏至の夜、火の輪を回す

夏至の夜、若者たちが木の松明「ファリャ」に火をつけ、頭上で勢いよく回します。暗い山あいに、いくつもの火の輪が浮かぶ光景です。ピレネー一帯に伝わるこの夏至の火祭りは、フランス・スペイン・アンドラの3か国分がまとめて2015年にユネスコ無形文化遺産に登録されました。アンドラでは6月23日の聖ヨハネの前夜にアンドラ・ラ・ベリャ、エンカンプなど6つの教区が、6月28日の聖ペテロの前夜にオルディーノが行います。この日のコースは、その火が回る村をいくつも通り抜けていきました。

土地の記憶カサ・デ・ラ・バイ——300年間、国会だった家

ゴール地点アンドラ・ラ・ベリャの旧市街に、石造りの小さな館が建っています。カサ・デ・ラ・バイ。もとは谷を見下ろす岩の上に建つ裕福な一家の邸宅で、正面扉の上にはいまも家紋と「ANTO. B / 1580」の刻字が残ります。ここが300年以上にわたって、アンドラの議会が置かれた唯一の場所でした。議会そのものは2011年、すぐ隣に建った新庁舎へ移りましたが、聖トマスの日などの伝統的な会期には、いまもこの建物が使われます。人口9万人ほどの国の議事堂が、民家と見分けのつかない大きさだったということでもあります。

写真: Wikimedia Commons(フリーライセンス)

この日の公式ハイライト

【フィニッシュシーン】ブエルタ・ア・エスパーニャ 第4ステージ(J SPORTS公式)
ポガチャルの独走(Velon公式)
第4ステージ 拡張ハイライト(ラ・ブエルタ公式)

※ 公式アカウントが公開しているコンテンツの埋め込みです。映像の権利は各権利者に帰属します。

共有: ポスト

この記事を書いた人

Grand Tour Hub 管理人

ロードレースの面白さを初心者目線で伝えるファンサイトの管理人。いちばん好きなのは、ゴール直前までもがいてスプリンターを発射させたアシストが、仲間の勝利を確信して、自分はまだゴールの手前なのにガッツポーズをする瞬間です。

※ 観戦記は管理人による独自の執筆コンテンツです。選手タイプの解説はタイプ図もどうぞ。