ブエルタ・ア・エスパーニャ2026 Stage 22026年8月24日文: Grand Tour Hub 管理人

総合2位の逃げも残り2kmの飛び出しも実らず、勝ったのはプランBの21歳

モナコ → マノスク 202.1km(丘陵/獲得標高3,020m。3級山岳が2つ、中間スプリントは残り35.9kmのグレウー・レ・バン。フィニッシュ前の1kmは4%近い上り)

モナコを離れ、地中海沿いを西へ。ブエルタ最初のラインステージは、3つの計画がぶつかった一日でした。開幕タイムトライアルで0.09秒差に泣いた男は、その差を消すために170kmを逃げます。赤いジャージを狙うチームは、その逃げを追いかけました。そして残り2km、ふたつの計画が同時に崩れたところから、3つめの計画が飛び出します。

33S
ニースの海沿いを出て内陸へ。3級山岳が2つあり、そのあとも起伏が止まりません。最高地点は中盤の標高663m、フィニッシュのマノスクは415mで、最後の1kmは4%近く上ります 3級山岳 シャトーヌフ・グラース残り170km地点 3級山岳 サン・タンドリュー峠残り110km地点 中間スプリント残り36km地点

📊 今日のデータ

シーズン集計を見る →
スタート晴れ 27.2℃・風2.9m/s
ゴール晴れ 31℃・風3.7m/s
逃げ4人 → 捕獲(残り31km)
決着集団スプリント(マシュー・ブレナン)
総合タデイ・ポガチャルが首位堅持(+9秒)
完走183 / 184人
敢闘賞イーサン・ヘイター(#124・Soudal–Quick-Step)

総合2位が、逃げに乗った

モナコ市街をパレード走行で抜け、ニースの西でこの日のレースが始まりました。すぐに攻撃が飛び交い、抜け出したのはジェイコ・アルウラーのクーン・ボウマと、エキポ・ケルンファルマのディエゴ・ウリアル。ここまではよくある光景です。

驚いたのはその次でした。ふたりを追って集団から出ていったのが、総合2位のイーサン・ヘイタだったのです。前日の個人タイムトライアルでポガチャに0.09秒だけ及ばなかった選手が、25kmをひとりで追って、ようやく先頭に合流します。最後にブルゴス・ブルペレットBHのシヌヘ・フェルナンデが加わり、逃げは4人になりました。

集団の先頭にはすぐヴィスマ・リースアバイクが並びます。この日、赤いジャージを狙っていたのはワウト・ファンアール——前日のタイムトライアルでポガチャルに9秒遅れた選手です。先でヘイターに秒を稼がれると、その計画が消えてしまう。追わない理由がありませんでした。

ちなみにこの日のヘイターは、主催者から渡された緑のスキンスーツの裾を、自分で切り開いて走っていました。用意されていたのがXSひとつだけだったのです。「主催者はなぜかXSしか用意していなくて、予備も無かった。『自分のチームのウェアを着るか、緑のジャージを着るかだ』と言われたんだ」「チームのウェアは着られないと言ったよ。だって、そのジャージを着る最後の日がいつ来るかなんて分からないから。でも走り出したら、脚の血を止められているみたいで。仕方なかった。ちょっと間抜けに見えただろうけれど、逃げのなかで本当に苦しんでいたし、脚に息をする隙間を作ってからはずっと楽になった」

🔰 初心者向けメモ: ジャージは主催者から借りて着る——「代理」で着る人がいる理由

各賞のジャージは選手やチームの持ち物ではなく、毎日主催者が用意して手渡します。だから前日の順位が確定してから、その選手のサイズを探すことになります。

この日のポガチャルは総合とポイント賞の両方で首位でしたが、着られるのは1枚だけ。だから格の高いマイヨ・ロホを着て、緑はポイント賞2位のヘイターが代わりに着ていました。つまりヘイターは、自分の順位ではないジャージのサイズ事故に巻き込まれたことになります。

出典:Cyclingnews: Ethan Hayter misses out on red jersey again despite gutsy breakaway ride in ripped shortsラ・ブエルタ公式: 第2ステージ(コース・ロードブック)

残り35.9km——6秒のためのタイムトライアル

逃げに与えられた差は、大きいときで2分ほど。ヴィスマ・リースアバイクとリドル・トレックが交互に先頭を引き、差は少しずつ削られていきます。

それでも3級山岳の2つは、逃げの中で決着しました。どちらも先頭で通過したのはボウマです。9年間をアシストとして過ごし、2022年のジロで山岳賞を獲ったオランダ人は、今回も準備をして来ていました。「長い、そしてきつい一日だったのは確かだ。先週ブエルタに行くと連絡をもらったときから、水玉ジャージのことは頭にあった。このステージを見て、山岳賞のスプリントがどこにあるかを確かめていたから、準備はできていたんだ」。役目を果たしたボウマンは、中間スプリンの手前で集団に戻っていきました。

残ったのは3人。ヴィスマがペースを上げ、差は残り50km地点で12秒まで縮まります。もう終わりに見えた——そこからヘイタがひとりで抜け出しました。ウリアルフェルナンデを置き去りにして、中間スプリントまでの15kmほどを単独で走り、差をいったん30秒まで広げ直したのです。

グレウー・レ・バンの中間スプリント。1位のボーナスタイムは6秒で、ヘイターはそれを取りました。ポガチャと同じタイムだった彼は、この瞬間、道の上での総合首位に立ちます。追う集団はそこから差を詰めていて、スプリント地点では20秒ほど後ろ。その集団のスプリントを制したファンアールが、2位の4秒を得ました。9秒差だったファンアールトはポガチャルまで5秒に迫りましたが、ヘイターまではまだ11秒。ゴールで差をつけないかぎり赤いジャージには届かない、という計算になりました。

その少し前、集団から一人が姿を消しています。ブルゴス・ブルペレットBHのセルヒオ・チュミが残り50km付近で落車し、ペダルにはまったまま起き上がれませんでした。チームがのちに発表した診断は頭部外傷と左肘の深い傷・擦過傷で、骨折はなし。グアテマラのロードチャンピオンが、この大会最初のリタイアになりました。

🔰 初心者向けメモ: バーチャル・リーダー——「いまの総合首位」は道の上で入れ替わる

総合順位は、ゴールしたときのタイムで決まります。でもレースの途中でも「いまこの瞬間に終わったら誰が首位か」は計算できます。これがバーチャル・リーダー、つまり道の上の総合首位です。

逃げた選手が集団より前にいれば、その差のぶんだけ順位が上がる。ボーナスタイムを取れば、その秒数だけ縮まる。中継が「バーチャル総合首位」と伝えるのは、この計算のことです。順位表が書き換わったわけではないので、ゴールまでにひっくり返ることもあります——この日のように。

出典:ラ・ブエルタ公式: Koen Bouwman「I was prepared」ラ・ブエルタ公式: Brennan shows his class(第2ステージ レポート)Cyclingnews: 第2ステージ ライブブログ(チュミルの落車・逃げの時系列)Ciclo21: チュミルのメディカルレポート(ブルゴス発表)

残り2km、ワウトが動いた

ヘイタが吸収されたのは残り31km。そこからしばらくペースは落ち着き、最後の10kmで一気に火がつきました。ヴィスマ、UAE、モビスター、ネットカンパニー・INEOSが先頭を奪い合い、残り7kmのロータリーで集団が長く伸びました。

マノスクの街へ入る道は上り基調でした。残り2km、そこでワウト・ファンアールが飛び出します。ついていけたのは、ただ一人——赤いジャージのポガチャだけでした。

なぜ即座に反応できたのか。本人の説明はこうです。「ワウトが行ったら、絶対にすぐ反応しないといけない。彼が行けば99%それが決まり手になる、ということが何度も起きているから、ワウトにはいつでもついていかないといけないんだ」「ほかの選手なら、一瞬で状況を判断する。誰なのか、この手のフィニッシュまで持ちこたえられる選手なのか。……でも今日のワウトは、もし僕がついていかなかったら、彼が勝っていたと思う」

ただ、追いついたポガチャルは前を引きませんでした。「やっと追いついた。ふたりでゴールまで持たせるチャンスがほしいなら、僕も本気で踏まなければいけなかった。でも彼の後ろにはマシュー・ブレナがいると分かっていたから、どうすればいいのか分からなかったんだ。彼のホイールに張りついたまま、彼のほうが踏んでくれることを願っていた。それに脚にはもう乳酸がたっぷり溜まっていた」

ファンアールト側から見ると、それも織り込み済みでした。「あそこで仕掛けるつもりだった。ただ、タデイに対して開いた差が少し小さすぎるのが見えたから、頂上でほんの少しだけ待ったんだ」「でも彼が引く気がないと分かった瞬間、後ろのマシューのことを考えた。彼はスプリントができる。それがとてもうまくいった」

XDSアスタナのアレッサンドロ・ロメが最後の1kmの看板の下で追いつきましたが、3人はそのまま集団に飲み込まれます。

🔰 初心者向けメモ: ワウトが動いたら、ついていく——プロトンの不文律

ロードレースには、規則に書かれていないのに全員が知っている了解がいくつもあります。そのひとつが「この選手が動いたら、考える前に反応する」というもの。ファンアールトはその筆頭です。

ほかの選手が飛び出したときは、誰なのか、どんな脚質か、このゴールまで持つのか——を一瞬で見積もってから、追うかどうかを決めます。その一瞬が命取りになる相手が、プロトには数人だけいる。ポガチャルが「99%それが決まり手になる」と言ったのは、そういう意味です。だから脚が残っていなくても、まず反応する。この日がまさにそれでした。

出典:Cyclingnews:「When Wout goes, you have to react」— Pogačar retains the leadラ・ブエルタ公式: Tadej Pogacar「I was going all in for the stage」Sporza:「Sorry, ik had moeten overnemen」(ファンアールトの説明を含む)

そのために、後ろにプランBがいた

3人が捕まったのは、残り1kmを切ってからでした。前で動いた選手たちが脚を止めた瞬間、ヴィスマの隊列はまだ形を保っています。クリストフ・ラポルが混戦の中を縫って、一人の選手を運んでいました。

レッドブル・ボーラ・ハンスグローエのフィン・フィッシャーブラッが早めにスプリントを開始します。その後輪にいたのがマシュー・ブレナ、21歳。誕生日から数週間、グランツールは初出場で、そのロードステージ初日がこの日でした。上り坂のスプリントで前へ出ると、そのまま誰にも追わせず、グランツールのスプリントとしては珍しいほどの差をつけてゴールラインを越えます。

「今日はワウを赤いジャージに乗せる、という狙いでスタートしました。フィナーレでアタックするいい機会があったし、ワウトもすごくやりたがっていた。そういう計画だったんです。そして僕はいつでも後ろに控えていて、もし決まらずに落ち着いたらスプリントをする——起きたのは、まさにそれでした。前の選手たちが脚を止めて、クリストフがあの混乱の中を最高にうまく導いてくれた。仕上げられて本当にうれしい」

2位はバーレーン・ヴィクトリアスのパウ・ミケ。2024年のブエルタでファンアールトに次ぐ3位に入ったとき、彼はこう話していました。「僕の目標はブエルタでステージを勝つことだ。近いようで、同時にとても遠い」。3位はポガチャ、4位はマッズ・ピーダス。先頭でゴールしたのは40人ほどでした。3位のボーナス4秒を得たポガチャルは赤いジャージを守り、2位のファンアールトとの差は9秒に戻ります。

ブレナンは総合3位に上がり、この日からマイヨ・ブランコ(ヤングライダー賞)を着ます。前日それを着ていたのは、同じ英国のジョシュア・ターリン。この日は1分41秒遅れてゴールし、白いジャージを譲りました。

🔰 初心者向けメモ: 最後の1kmが4%の上りだと、スプリントは別物になる

平坦のゴールスプリントは時速70kmの世界です。発射の列車が最後の数百mまで速度を上げ、エーススプリンターは風よけの後ろで待ってから飛び出します。

ところが最後の1kmが4%の上りになると、速度が一段落ちて列車は崩れます。空気抵抗より重力が効いてくるので、体の重いピュアスプリンターは不利になり、代わりに「上れるスプリンタ」やパンチャが前へ出てきます。マノスクのゴールは毎年2月のツール・ド・ラ・プロヴァンスで使われていて、過去にはダヴィデ・バレッリーニ、ブライアン・コカール、そして直近2回はピーダスンが勝っている場所でした。この日いちばん速かったのは、そのだれでもありませんでした。

出典:ラ・ブエルタ公式: Matthew Brennan「Really happy to start off this way」J SPORTS: ブエルタ・ア・エスパーニャ2026 第2ステージ/コース

ゴールのあと——31秒後ろの男と、息子に渡されたサングラス

ヘイタは80位、31秒遅れでゴールしました。マノスクへ入る手前のロータリーで集団が詰まり、そこで開いた差を埋める脚が、もう残っていませんでした。

フィニッシュに着いた彼が最初に口にしたのは、感想ではなく質問でした。「ジャージは取れなかったよね? 結果を知ってる?」。取れていない、と伝えられます。「逃げていた人間にとっては、きついフィナーレだった。捕まる前にかなり大きな努力をしたし。でも、楽しくもあったよ。何もせずに終わるつもりはなかったからね」「マイヨ・ロホを着られたら本当によかった。グランツールでこういう機会は、そう何度も来ない。自分でスプリントしても3位以内に入るのは難しいと思ったから、失うものは何もないと考えたんだ」

チームの監督セップ・ファンマルクは、こう言っています。「彼は僕らが決めたことをきっちりやり遂げた。最後の1kmは——170kmを、しかも一部はひとりで逃げたあとだ。そこでファンアールポガチャのような選手が行ったら、まだついていけと期待するわけにはいかない」

この日の敢闘は、そのヘイターに贈られています。

そしてもうひとつ、ゴールのあとの場面。ポガチャルがファンアールトのところへ行って、こう言いました。「引かなくてごめん」。返ってきたのは、「僕以外の全員とは、ちゃんと回すんだね」。そのあとポガチャルは、自分のサングラスをファンアールトの幼い息子に贈っています。「あれであの子の一日を最高にできていたら、うれしいな」

出典:ラ・ブエルタ公式: Ethan Hayter「It’s a shame, but it’s nice to try」Cyclingnews: Hayter misses out on red jersey again(ファンマルケ監督のコメント)Sporza:「Sorry, ik had moeten overnemen」— ポガチャルがファンアールトの息子にサングラスを贈った

今日の寄り道

自転車をちょっと離れて、ステージが駆け抜けた土地の話。

文学ジャン・ジオノのマノスク

フィニッシュのマノスクは、作家ジャン・ジオノが生まれ、そして亡くなった町です。1895年に靴屋の父とアイロン工房を営む母のもとに生まれ、16歳で学校を辞めて銀行で働きながら独学で本を読み続けました。第一次世界大戦の戦場を生き延びてからは、生涯の平和主義者になります。荒れた土地に一人で樫の実を植え続ける羊飼いの物語『木を植えた男』(1953年に執筆)は、このプロヴァンスの丘から生まれました。町には彼が暮らした家「ル・パライス」が残っています。

食文化ヴァランソル高原のラベンダーと「黒いダイヤ」

残り23kmで選手たちが通過したヴァランソルは、地平線までラベンダー畑が続くことで知られる高原の町です。毎年7月の第3日曜には「ラベンダー祭り」が開かれ、広場に蒸留器が並んで精油が取られます。ただしこの土地のもうひとつの名産は、地味な見た目の「黒いダイヤ」——トリュフ。樫の林で、冬に犬が探し当てます。

伝統文化泉のニンフの町、グレウー・レ・バン

この日の中間スプリントが置かれたグレウー・レ・バンは、古代ローマの記録に「ニンフィス・グリセリキス」——グレウーの泉のニンフたちへ——という名で登場します。ニンフは泉の女神。つまり2000年前から、ここは湧き出る温泉の町でした。ローマ人はその泉を浴場に整えました。町はいまもフランス有数の温泉保養地で、岩をくり抜いた湯屋が中心に建っています。ヘイターが6秒を取ったのは、その湯の町の通りでした。

写真: Wikimedia Commons(フリーライセンス)

この日の公式ハイライト

ブエルタ・ア・エスパーニャ2026 第2ステージ ハイライト(Velon公式)
第2ステージ 拡張ハイライト(ラ・ブエルタ公式)

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この記事を書いた人

Grand Tour Hub 管理人

ロードレースの面白さを初心者目線で伝えるファンサイトの管理人。いちばん好きなのは、ゴール直前までもがいてスプリンターを発射させたアシストが、仲間の勝利を確信して、自分はまだゴールの手前なのにガッツポーズをする瞬間です。

※ 観戦記は管理人による独自の執筆コンテンツです。選手タイプの解説はタイプ図もどうぞ。