ブエルタ・ア・エスパーニャ2026 Stage 92026年8月31日文: Grand Tour Hub 管理人

175kmを逃げた男は残り5kmで捕まり、赤いジャージが自分の手で勝った

ビラホヨサ → アルト・デ・アイタナ 187.4km(山岳/獲得標高4,940m。地中海のビーチからスタートして、アリカンテ県の内陸へ入り、6つの山を越えます。2級山岳プエルト・デ・タルベナ(7.2km・平均5.4%)、1級山岳プエルト・デ・エル・ミセラト(5.2km・平均10%)、3級山岳プエルト・デ・トリョス(4.1km・平均5.8%)、2級山岳プエルト・デ・トゥドンス(7km・平均5.3%)と続き、残り52.8kmのベニファリムに中間スプリント。その先の2級山岳プエルト・デ・ベニファリム(4.8km・平均5.8%)を越えて谷まで下り、最後に1級山岳アルト・デ・アイタナ(22km・平均5.8%)の山頂ゴール。ゴールラインの標高は1,543mで、獲得標高は今大会でいちばん多い一日です)

休息日を前にした第1週最終日は、この大会でいちばん多く登る一日でした。獲得標高4,940m。海抜0mから富士山の頂上(3,776m)まで登り切って、そこからさらに1,100m以上を登り足す量です。ゴールは10年ぶりにブエルタが訪れる山、アルト・デ・アイタナ。前日、落車で去った絶対王者から赤いジャージを受け取り、敬意を示して袖を通さなかった男は、この日それを着てスタートラインに立ちました。そして同じ朝、前日にその王者を失ったチームは、目標を組み替えて走り出しました。

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海から出て、休みなく上って下りるのを繰り返す形です。標高の数字だけ見ると最後のアイタナが突出していますが、その手前の5つで脚は削られています。途中でいちばん深く落ち込んで見えるのが、1級ミセラトの登り口へ向かう谷です 2級山岳 プエルト・デ・タルベナ残り150.7km地点 1級山岳 プエルト・デ・エル・ミセラト残り113.5km地点 3級山岳 プエルト・デ・トリョス残り96.7km地点 2級山岳 プエルト・デ・トゥドンス残り65.6km地点 中間スプリント ベニファリム残り52.8km地点 2級山岳 プエルト・デ・ベニファリム残り47.5km地点 1級山岳 アルト・デ・アイタナゴール地点

📊 今日のデータ

シーズン集計を見る →
スタート晴れ 28℃・風2.5m/s
ゴール快晴 31.8℃・風3m/s
逃げ24人 → 捕獲(残り5km)
決着少人数の勝負(エンリク・マス)
総合エンリク・マスが首位堅持(+78秒)
完走170 / 173人
敢闘賞パヴェル・シヴァコフ(#15・UAE Team Emirates XRG)

エースを最後に押し上げた20歳が、最初の山で自転車を降りた

前日、UAEチーム・エミレーツ・XRGはエースを失っただけではありませんでした。落車の混乱でチーム全員が11分以上を失い、総合争いの立ち位置そのものが消えていました。

だから朝の彼らは、いちばん前にいました。0km地点の旗が下りると、最初の飛び出しにドメン・ノヴァが乗ります。7kmほど先で次の動きが出て、そこにパヴェル・シヴァコが乗りました。この日、彼が集団に戻ることはありません。

集団が逃げを行かせたのは50kmを過ぎてからで、そこから前の人数はまだ増え続けました。24人がひとつにまとまったのは、120km地点のプエルト・デ・トゥドンスの上りです。赤いジャージを着ているのはモビスターです。そのモビスターは前で数を持てず、追う仕事はそのまま自分たちの肩に乗りました。

いっぽう、逃げに乗れなかったUAEの2人が最初の山で後ろへ流れていきます。ジェイ・ヴァイと、パブロ・トレです。トレスは20歳、初めてのグランツールでした。前日から体調が良くないと話していたと報じられていて、この日はプエルト・デ・タルベナで集団についていけなくなると、道の脇に寄って自転車を降りました。

第7ステー、山頂へ向かうポガチャを最後に押し上げたのはトレスです。エースが最後に頼った選手が、その翌日、この大会でいちばん先にレースを去りました。総合24位からの離脱でした。

🔰 初心者向けメモ: エースが去った翌日から、チームは何を目標にするのか

グランツールのチームは、ふつう総合を狙うエースを中心に組み立てられます。風よけになる、ボトルを取りに行く、山でペースを作る——8人の仕事はすべて、ひとりを3週間後のゴールへ運ぶためにあります。

そのひとりが家に帰ると、仕事の宛先が消えます。残った選手にできることは、目標を「総合」から「ステージ」へ組み替えることです。毎日ひとりを逃げに送り込み、21分の1の勝利を取りにいく。順位表の上では何も残りませんが、チームにとってはそれが3週間の意味になります。

シヴァコフはこの日、レース後にこう言っています。「というより、ほかに選択肢がありますか。当たり前のことです。僕らはいま、ステージを勝ちにここにいる」

出典:Cyclingnews: 第9ステージ ライブブログ(UAEが11分以上を失った翌日の動き、逃げの成立、トレスの棄権。英語)Ciclismo Internacional: トレスの棄権(前日から体調不良を訴えていたこと、タルベナで遅れたこと、総合24位。スペイン語)Cyclingnews: シヴァコフのレース後コメント(「I mean - do we have the choice really?」。英語)

平均10%の坂の、200mだけが22%だった

この日の2つ目の山、1級山岳プエルト・デ・エル・ミセラトは、登坂距離5.2kmで平均勾配10%。道が細すぎるため、チームカーは登りの手前で列から外されました。機材にトラブルが出ても、自分のチームの車はそこにいません。

この坂の中には、平均22.2%が200m続く区間があります。頂上の直前もきつく、最後の200mが15.5%。主催者の公式アカウントは、そのいちばん急なところを撮った動画を「これ、上れますか?」の一言とともに投稿しました。

ここでサンティアゴ・ブイトラが逃げの中からアタックし、山頂を先頭で通過します。続く3級山岳プエルト・デ・トリョスでも、2級山岳プエルト・デ・トゥドンスでも同じことをしました。この日が終わったとき、山岳賞のジャージは彼のものになっていました。それまで着ていたアンドレアス・レックネスを、ポイントで2点上回ったからです。

ブイトラゴはアンドラの山岳ステージで総合のタイムを失っていて、そこからは逃げを狙う側に回っていました。この日の彼は逃げの中で山頂を3つ集め、最後のアイタでも総合勢の後ろに食らいついて10位でゴールしています。「今日はステージ勝利を狙いにいった。最後の最後まで全部出しました」

※ 公式アカウントが公開しているコンテンツの埋め込みです。映像の権利は各権利者に帰属します。

🔰 初心者向けメモ: 平均勾配は、いちばんきついところを隠している

「5.2kmで平均10%」と書かれると、ずっと10%が続く坂を思い浮かべます。でも平均というのは、きつい場所とゆるい場所を足して割った数字です。実際のミセラトは、登り口からの2kmが平均13%・最大25%。中腹で一度だけ傾きがゆるみますが、山頂の手前でまた壁のように立ちます。

この日の最後のアイタナは、22kmで平均5.8%です。数字だけを並べると、2級のタルベナ(7.2km・平均5.4%)や3級のトリョス(4.1km・平均5.8%)とほとんど変わりません。それでもアイタナが1級なのは、上るほど勾配が増していく坂だからです。ラスト6kmだけを切り取ると、平均は8%を超えます。

断面図やコース表の数字を見るときは、平均のとなりにある「登坂距離」と「最大勾配」を一緒に見てください。同じ平均でも、脚に来る場所がまるで違います。

出典:ラ・ブエルタ公式: 第9ステージ 山岳賞の各山の諸元(ミセラト 5.2km・平均10%、通過順位。英語)J SPORTS: 第9ステージ コース紹介(ミセラトの登り口2kmが平均13%・最大25%、ラスト200mが15.5%、アイタナのラスト6kmが平均8%超)esciclismo(スペインの自転車専門メディア): 第9ステージ レポート(ミセラトの200m区間が平均22.2%、ブイトラゴの山岳賞首位。スペイン語)Cyclingnews: 第9ステージ ライブブログ(主催者公式アカウントの投稿「🥵 23% 🥵 Could you do it?」、ミセラトでチームカーが外されたこと、ブイトラゴの各山頂の通過順。英語)ラ・ブエルタ公式: ブイトラゴのインタビュー(「Today I wanted to go for the stage win. I gave it my all right to the very end」。英語)

23歳の誕生日を迎えた選手が、4つ目の山の下りでひとりになった

アレッサンドロ・ロメは、この日が23歳の誕生日でした。スプリントで戦うことが多い選手です——本人は「純粋なスプリンタではない」と言いますが、少なくとも山を登って勝つタイプではありません。その彼が、山を6つ越える日の逃げの中にいました。

仕掛けたのはプエルト・デ・トゥドンスからの下りです。24人の中から単独で飛び出し、あっという間に45秒。そのままベニファリムの村に置かれた中間スプリンを先頭で通過します。さらにその5km先、同じ名前の峠プエルト・デ・ベニファリムの山頂も先頭で越えました。山岳ポイントと、頂上にかかる6秒のボーナスタイムを、両方ひとりで取ったことになります。

追いかけたのは、スペイン王者のジャージを着たマルセル・カンプルでした。「最後の上りで勝負を賭けたくなかったから、アタックした」と彼はゴール後に話しています。そこへシヴァコが単独で追いつき、2人になったところでロメレをつかまえます。

先頭の3人と集団との差は、一度6分を超えました。3人がひとつになった時点でも5分50秒あります。カンプルビの言葉です。「いちばんいい形で勝負するには、ああやって仕掛けるしかなかった。総合の集団がもう少し抑えてくれていたら、もしかしたら届く目もあったかもしれない。いつもどおり全部出し切ったことは、誇りに思います」

🔰 初心者向けメモ: 逃げの中から、さらに逃げる

逃げは仲間であると同時に、その日の直接のライバルです。24人で山頂まで行けば、勝つのは24分の1。だから途中で「ここから先はひとりで行く」と決める選手が出てきます。

選ぶ場所には理屈があります。この日のロメレは下りで動きました。下りは体重のある選手のほうが速く、しかも登り勝負まで待てば、より軽いクライマに主導権が移ります。自分の得意な地形で、まだ全員の脚が残っているうちに差をつけておく——カンプルビが「最後の上りで賭けたくなかった」と言ったのも、待たずに動く側の理屈です。

単独になれば当然きついのですが、代わりに中間スプリントと山頂のポイント、そして山頂にかかるボーナスタイムを全部ひとりで取れます。集団に捕まっても、その日の記録には残る。逃げの中のアタックは、勝つためだけの動きではありません。

出典:Cyclingnews: 第9ステージ ライブブログ(トゥドンスの下りでのアタック、45秒、中間スプリントと山頂の通過順。英語)Infobae/EFE: カンプルビのゴール後コメント(「Ataqué porque no me la quería jugar en la subida al final」。スペイン語)ラ・ブエルタ公式: 第9ステージ 中間スプリントと山岳賞の結果(ベニファリム km134.6 の順位、ベニファリム山頂のボーナスタイム。英語)

路面38.5℃、逃げの最後のひとりが頂上の手前でつかまった

アイタナへ向かう平坦で、デカトロン・CMA CGMが集団の先頭に出ました。フェリックス・ガのための仕事です。ジョルダン・ラブロッが延々と牽き、ついてこられない選手が落ちて、集団は40人ほどに絞られました。それでも上りの入口で、先頭との差はまだ5分02秒ありました。

22kmの上りに入る手前で、選手たちは最後のボトルを受け取りました。中継が伝えた路面の気温は38.5℃。UCIの規則ではゴールまで残り20kmを切ると補給は禁じられますが、この日は暑さのため、残り10kmまで受け取れることになっていました。

ロメは登り口でついていけなくなり、先頭は2人になります。そこから差は削られ続けました。残り15kmで3分36秒、残り10kmで2分22秒、残り6kmで1分05秒。シヴァコは残り10kmでカンプルを振り切ってひとりになり、追いつかれたのは、ゴールまで5kmを切ったところでした。175kmを前で走り続けた末のことです。

「本当に限界まで追い込みました。でも、あの上りは終わりがなかった。頂上が見えない。最後に右へ曲がって細い道に入ったとき、ようやく頂上が見えたんですが、それでも終わりませんでした」

「脚はけっこう良かったんです。勝利を争っていた。実を言うと、そういう立場に立つことは僕にはあまりありません。だから、どう戦えばいいのか緊張していました。でも最後にはいい位置に自分を置けた。ただ、仕上げるだけの脚がなかった」

この日、彼が走った理由も話しています。「今日は本気でやってみたかった。タデイのために、チームのために、そして自分自身のためにも」「一年ずっと必死に働くわけですから、こういう機会が来たら、掴みにいかないと」

順位は20位。この日の敢闘は、彼に贈られました。

🔰 初心者向けメモ: 5分の貯金が、22kmの上りで消える理由

平坦なら5分は大きな差です。ところが長い上りに入ると、この5分はしばしば足りません。

理由は速度です。上りでは全員が遅くなりますが、遅くなり方に差が出ます。逃げの選手は170km以上を先頭で走った脚で上り、総合争いの選手は仲間に守られてきた脚で、しかもアシストが順番に全力で牽く列車に乗って上ります。1kmあたり数秒の差でも、22km積み上がれば数分になります。

この日の削られ方は、そのまま数字に出ています。上りの入口で5分02秒、残り15kmで3分36秒、残り10kmで2分22秒、残り6kmで1分05秒。7kmごとに1分以上が消えていく計算です。逃げ切りが決まるかどうかは、山のふもとで残っている差と、その山の長さの掛け算で決まります。だから中継は、最後の上りに入る瞬間の差を必ず読み上げるのです。

出典:Cyclingnews: シヴァコフのレース後コメント(175kmの逃げ、残り10kmでカンプルビを離したこと、20位、敢闘賞。英語)Cyclingnews: 第9ステージ ライブブログ(アイタナ入口で5分02秒、上りの残り15km・10km・6kmでの差、路上38.5℃、暑さのため補給が残り10kmまで認められたこと、ロメレの脱落、デカトロンの牽引。英語)esciclismo(スペインの自転車専門メディア): 第9ステージ レポート(アイタナに入る前に集団が約40人へ絞られたこと、シヴァコフが残り4.6kmで捕まったこと。スペイン語)UCI競技規則 2.3.027(「All feeding (from a car and on foot) is strictly forbidden: during the 30 first and last 20 kilometres」。英語・PDF)

残り3km、赤いジャージが自分から仕掛けた

アイタナのラスト6kmは、平均勾配が8%を超えます。その手前でセップ・クが遅れ、フェリックス・ガが繰り返しアタックし、リチャル・カラパが単独で出ていきました。エンリク・マはそのたびに応じています。モビスターのアシストはとうに尽きていて、彼はひとりでした。

残り5km、オスカー・オンリが仕掛けます。マスがすぐに飛んでいき、その動きに引かれた総合勢が、先頭のシヴァコに追いつきました。最初に届いたのはカラパスでした。

そして残り3kmを少し過ぎたところで、今度はマスのほうから出ました。赤いジャージが、守る側から仕掛ける側に回った瞬間です。ついていけたのはオンリーだけでした。

少し後ろから、総合2位のプリモシュ・ログリッが追い上げてきます。残り2kmで追いつかれると、マスはその瞬間にもう一度踏みました。相手の脚が回復する時間を与えないための一撃です。ログリッチは離れました。

最後はマスが前で風を受けたまま頂上へ向かい、残り200mからスプリントを開始します。オンリーは最後まで、その後ろから出られませんでした。

マスのグランツールのステージ勝利は、2018年のブエルタ以来、8年ぶりです。モビスターがこのレースでステージを勝つのも5年ぶりで、母国のグランツールでチームが総合首位に立ったのは、2019年にナイロ・キンタナが1日だけ着たのが最後でした。

「今ならタデの気持ちが分かります。このジャージは本当に翼をくれる」

「僕は慎重な人間です。これまでたくさんの躓きがありましたから、一日ずつ行くしかない。でも、これまでで最高の気分のひとつだと思います。最初からずっと、子どものように興奮していました。リーダージャージを着て勝てるというのは、本当に、本当に特別な感覚です」

2位のオンリーは、こう話しました。「このレースの前の自分のレベルに戻れた感じがして、それが嬉しかった。今日は調子が良かったし、前で走れて良かった。少しは交代したけれど、彼のほうが単純に強かったので、車輪に付くしかなかった。彼はガルとログリッチとの差を広げないといけないから、牽くのも彼の役目でした。もちろんステージは勝ちたかったけれど、最後に彼をかわす脚はなかった」

🔰 初心者向けメモ: スペインのチームにとっての、この山

ブエルタがアイタナに上るのは10年ぶりでした。前回は2016年。ステージは逃げた選手のものになりましたが、その後ろで総合の勝負が起きていました。仕掛けたのはクリス・フルームです。この山の最終盤で何度も加速をかけ、そのたびに赤いジャージのナイロ・キンタナが車輪に付いて、最後まで離れませんでした。キンタナはそのままブエルタを勝っています。チームはモビスターでした。

10年ぶりに戻ってきた同じ山で、同じチームの選手が、今度は自分の勝利とともに赤を守ったことになります。

出典:Cyclingnews: 第9ステージ ライブブログ(クスの脱落、ガルとカラパスのアタック、カラパスがシヴァコフに追いついたこと、オンリーの仕掛け、マスの飛び出しとログリッチの合流、モビスターのブエルタ勝利が5年ぶりであること。英語)ラ・ブエルタ公式: マスのインタビュー(「Now I understand Tadej - the jersey really gives you wings!」。英語)ラ・ブエルタ公式: オンリーのインタビュー(「he was also just stronger, so I had to sit on his wheel」。英語)Cyclingnews: マスのステージ勝利(2018年のブエルタ以来8年ぶり、モビスターの母国グランツール首位は2019年のキンタナ以来。英語)J SPORTS: 第9ステージ コース紹介(アイタナは10年ぶり、過去4度のステージゴール、2016年のフルームとキンタナ)esciclismo(スペインの自転車専門メディア): 第9ステージ レポート(マスが残り3.2kmで仕掛けたこと、残り200mからのスプリント、着順とタイム差。スペイン語)

※ 本文中の埋め込みは公式アカウントが公開しているコンテンツです。映像の権利は各権利者に帰属します。

今日の寄り道

自転車をちょっと離れて、ステージが駆け抜けた土地の話。

食文化チョコレートの町から走り出した

スタート地点のビラホヨサは、地中海に面した漁の町であると同時に、スペインのチョコレートの町です。1881年、この町のバレリアーノ・ロペス・リョレットがチョコレート職人になりました。作業場に選んだのは、町から4kmほど離れたサン・アントニオの礼拝堂のそばです。その手仕事がやがて工場になり、いまも同じ町に本社を置くチョコレートメーカー、バロールになりました。家々でチョコレートを練っていた時代から機械化の時代まで、町ぐるみで同じものを作り続けてきた場所です。選手たちはその海岸通りから、県でいちばん高い山へ向かって走り出しました。

土地の記憶氷を作っていた山

アイタナ山地には、雪を貯めるための井戸「ポソ・デ・ニエベ」が14基あります。アリカンテ県でいちばん多い数です。この山はいまでも0度を下回る日が年に120日ほどあります。冬の寒さが長いぶん雪が手に入りやすく、だから井戸がこれだけ掘られました。ポソ・デ・ニエベは地面を掘って擁壁を巡らせた穴で、雪を入れる口と氷を取り出す口を持ちます。溶けてしまう季節まで雪を氷として持ち越すための、冷蔵庫のない時代の設備です。この日の選手たちが上ったのは、その山の南斜面でした。

文学アイタナという名前

1939年、内戦に敗れた側にいた詩人ラファエル・アルベルティと作家マリア・テレサ・レオンは、スペインを離れました。去りぎわに最後に見たスペインの土地がアイタナ山地だった——だから2年後にブエノスアイレスで生まれた娘に、その名を付けた。スペインで広く語られている由来です。娘のアイタナ・アルベルティ・レオンは作家・編集者となり、2026年6月30日にハバナで84歳で亡くなりました。

写真: Wikimedia Commons(フリーライセンス)

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この記事を書いた人

Grand Tour Hub 管理人

ロードレースの面白さを初心者目線で伝えるファンサイトの管理人。いちばん好きなのは、ゴール直前までもがいてスプリンターを発射させたアシストが、仲間の勝利を確信して、自分はまだゴールの手前なのにガッツポーズをする瞬間です。

※ 観戦記は管理人による独自の執筆コンテンツです。選手タイプの解説はタイプ図もどうぞ。