地元開催のカナダ。亡くした弟のために10年かけてツールの区間を勝ったユーゴ・ウルと、引退から戻ったマイケル・ウッズが走った。
出場選手(6名)
ギヨーム・ボワヴァン、ユーゴ・ウル、マイケル・レオナード、マイケル・ウッズ、ニコラ・ズコウスキー、ピエール=アンドレ・コテ
2026 Startlist
UCIのエントリー(9月26日時点)には、61か国・204名が載っていました。このページにはそのうち33か国の代表と中立選手1名、難民サイクリングチーム1名、あわせて156名を掲載しています。カードを開くと、選手ごとの写真と各選手のページへのリンクが並びます。
地元開催のカナダ。亡くした弟のために10年かけてツールの区間を勝ったユーゴ・ウルと、引退から戻ったマイケル・ウッズが走った。
ギヨーム・ボワヴァン、ユーゴ・ウル、マイケル・レオナード、マイケル・ウッズ、ニコラ・ズコウスキー、ピエール=アンドレ・コテ
2025年、ベン・ヒーリーが1987年以来のアイルランド人マイヨ・ジョーヌ着用者になった。そのヒーリーとライアン・マレンが走った。
ベン・ヒーリー、ダレン・ラファーティー、ジェイミー・ミーハン、ライアン・マレン
2023年、アンドレアス・レックネスンがノルウェー人として42年ぶりにマリア・ローザを着た。そのレックネスンとトビアス・フォスが走った。
トビアス・フォス、エンブレット・スヴェースタッド=ボードセン、ヨルゲン・ノードハーゲン、アンドレアス・レックネスン、アンネシュ・スコーシェス、トビアス・ヨハンネセン
2019年にデンマーク人男子で初めてエリートのロード世界王者になったマッズ・ピーダスンと、カスパー・アスグリーンが名を連ねた。
カスパー・アスグリーン、ミッケル・ビョーグ、マッズ・ピーダスン、アントン・チャーム、アンドレアス・クロン、ミケール・ヴァルグレン、ミッケルフレーリク・ホノレ、セーアン・クラーウアナスン
2025年にU23の個人TTで世界王者になったヤコブ・セーデルクヴィストが、エリートでは初めての世界選手権を走った。
ヤコブ・セーデルクヴィスト
2024年、マッテオ・ジョーゲンソンがパリ〜ニースで18年ぶりのアメリカ人優勝を挙げた。この世界選手権では、同じアメリカ代表のブランドン・マクナルティがロードレースで世界王者になった。
マッテオ・ジョーゲンソン、ブランドン・マクナルティ、ショーン・クイン、ライリー・シーアン、アルテム・シュミット、クイン・シモンズ、ケヴィン・ヴェルマーク、ローレンス・ワーバス
フェリックス・ガルは2026年、オーストリアの選手として初めてブエルタの表彰台に立った。総合3位だった。
フェリックス・ガル、パトリック・コンラッド、フェリックス・グロスシャートナー
フランス中に愛された名選手レイモン・プリドールが一度も着られなかったマイヨ・ジョーヌを、2021年、孫のマチュー・ファンデルプールが着た。
マチュー・ファンデルプール、ダーン・ホーレ、バルト・レメン、ティム・ファンダイケ、バウケ・モレマ、パスカル・エインコールン、メノ・ハイシング、マティス・パースヘンス
壁のような激坂が並ぶブエルタの国。エンリク・マスとフアン・アユソが走った。
エンリク・マス、フアン・アユソ、マルケル・ベロキ、カルロス・ベローナ、イバン・ロメオ、ラウル・ガルシア、マルセル・カンプルビ、イゴール・アリエタ、パブロ・カストリーリョ
石畳のロンドとアルデンヌのリエージュ、二つのモニュメントを生んだ国。レムコ・エヴェネプールとワウト・ファンアールトがそろった。
ティシュ・ベノート、レムコ・エヴェネプール、ルネ・ヘレホーツ、クインテン・ヘルマンス、ティボー・ネイス、アレック・セガールト、ワウト・ファンアールト、マキシム・ファンヒルス、ジャンニ・フェルミールス
マルク・ヒルシは2020年、1952年以来のスイス人としてラ・フレーシュ・ワロンヌを制した。大腿骨骨折から戻ったシュテファン・キュングも走った。
シュテファン・ビッセガー、シュテファン・キュング、ファビオ・クリステン、ヤン・クリステン、マルク・ヒルシ、マウロ・シュミット
マティアス・ヴァチェクは2026年、ロードと個人TTのチェコ国内選手権を両方勝った。その二冠の国内王者として、世界選手権を走った。
マティアス・ヴァチェク、ヤコブ・オトルバ、パヴェル・ノヴァク
フロリアン・リポヴィッツが2025年のツールで総合3位に入り、ドイツ人のパリ表彰台は2006年以来になった。
マルコ・ブレンナー、ニコ・デンツ、フェリックス・エンゲルハルト、フロリアン・リポヴィッツ、マキシミリアン・シャフマン、ヤシャ・ズッタリン、マキシミリアン・ヴァルシャイド、ゲオルク・ツィンマーマン
スロベニア人として初めてモニュメントを制したマテイ・モホリッチと、スキージャンプ台から自転車へ移ったプリモシュ・ログリッチが走った。
ティレン・フィンクスト、ガル・グリヴァル、マテウジュ・ゴヴェカル、ルカ・メズゲッツ、マテイ・モホリッチ、プリモシュ・ログリッチ、ヤン・トラトニク
2014年、ミハウ・クフィアトコフスキがポーランド人として初めてエリートのロード世界王者になった。その元王者がモントリオールを走った。
ミハウ・クフィアトコフスキ
ツール・ド・フランスとパリ〜ルーベを持つ国。「ここが家なんだ」とフランス国籍を選んだパヴェル・シヴァコフが走った。
ポール・セクサス、パヴェル・シヴァコフ、ブリュノ・アルミライユ、ジョルダン・ラブロース、ヴァランタン・パレパントル、ジョルダン・ジェガット、ニコラ・プロドム、アレックス・ボーダン
アッティラ・ヴァルテルが育ったのは、父が1999年に自宅の地下室で立ち上げたクラブだった。2021年のジロでは、マリア・ローザを着た。
アッティラ・ヴァルテル
2021年、ジャック・ヘイグが12年ぶりにオーストラリア人のブエルタ表彰台に立った。2024年にはベン・オコーナーが総合2位。その2人が走った。
ジャック・ヘイグ、ジャイ・ヒンドレー、コナー・リーヒ、マイケル・マシューズ、ベン・オコーナー、マイケル・ストーラー、ルーク・タックウェル
ジロと二つのモニュメントを持ち、沿道をティフォージが埋める国。アワーレコードを塗り替えたフィリッポ・ガンナが走った。
フィリッポ・ガンナ、アルベルト・ベッティオル、マティア・カッタネオ、ジュリオ・チッコーネ、ロレンツォ・フィン、ジュリオ・ペリツァーリ、ダヴィデ・ピガンゾーリ、クリスティアン・スカローニ、マッテオ・トレンティン
ジョアン・アルメイダは2023年、1979年以来のポルトガル人グランツール表彰台に立った。
アフォンソ・エウラリオ、アントニオ・モルガド、イヴォ・オリヴェイラ、ジョアン・アルメイダ、ネルソン・オリヴェイラ、ティアゴ・アンタネス
三つの種目で頂点を知るトーマス・ピドコックと、トラックで世界王者になったイーサン・ヘイターが走った。
マーク・ドノヴァン、フィンレー・ピカリング、トーマス・ピドコック、オスカー・オンリー、ジェームズ・ショー、カラム・ソーンリー、フレッド・ライト、アダム・イェーツ、イーサン・ヘイター
アレクサンドル・ウラソフは、フィンランドとの国境から約35km、ロシア北西部の町ヴィボルグで育った。中立選手として、モントリオールを走った。
アレクサンドル・ウラソフ
ビニヤム・ギルマイが勝つたびに、首都アスマラの街が祝祭になる。2024年にはツールでステージ優勝も挙げた。
ビニヤム・ギルマイ、ヘノック・ムルブラン、アマヌエル・ゲブレイグザビエル
姉の恋人がくれたマウンテンバイクが、トムス・スクインシュの始まりだった。2018年のツールで、ラトビア人として初めて山岳賞ジャージを着た。
トムス・スクインシュ
山で名を上げてきた国。2016年にブエルタを制したナイロ・キンタナにとって、9月27日のロードレースが最後の世界選手権になった。
ナイロ・キンタナ、サンティアゴ・ブイトラゴ、セルヒオ・イギータ、アロルド・テハダ、ウィルマル・パレデス、ブランドン・リベラ、ワルテル・バルガス
2023年、イサーク・デルトロがアンダー23最高峰のツール・ド・ラブニールをメキシコ人として初めて勝った。そのデルトロが走った。
エドガル・カディナ、ウリセス・カスティーロ、イサーク・デルトロ、ホセアントニオ・エスカルセガ、エデル・フライレ、カルロスアルフォンソ・ガルシア
ジョナタン・ナルバエスは標高約2990メートルの山村の出身。1992年バルセロナ五輪を走った体育教師が学校に立ち上げた自転車クラブで、彼は育った。
ジョナタン・ナルバエス
2009年、ツール・ド・フランスがモナコから始まった。その一週間を地元で見ていた子ども、ヴィクトル・ランゲロッティが代表として走った。
ヴィクトル・ランゲロッティ
父の物置から1980年代の旧車を掘り出したのが始まりだった。ビセンテ・ロハスは2023年、パンアメリカン選手権U23のロードを制した。
ビセンテ・ロハス
15歳までBMXの土のコースを走り、その加速で石畳スプリンターになった。マディス・ミケルスは2024年の欧州選手権で銅メダルを獲った。
マディス・ミケルス
少年期の夏を祖父母の故郷マルタで過ごし、2024年に国籍を取得した。アンドレア・ミフスッドは2026年のジロに、初のマルタ人として出走した。
アンドレア・ミフスッド
ニュージーランド南端の街インバーカーギルで育ったコービン・ストロングは、胸椎を折った2年後にトラックの世界王者になった。
コービン・ストロング、ベン・オリヴァー、ローレンス・ピシー
祖父はウルグアイで名を知られたロードレーサーだった。孫のギリェルモ・シルバは2026年のジロで第2ステージを制し、総合首位の証であるピンクジャージ「マリア・ローザ」を着た。
ギリェルモ・シルバ
アミル・アンサリはアフガニスタンのカブールとバーミヤンで育ち、2015年に10代でひとりスウェーデンへ逃れた。難民サイクリングチームの一員として、モントリオールを走った。
アミル・アンサリ
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