新城幸也の写真

Wikipedia ↗2024年の写真

Yukiya Arashiro

新城幸也

オールラウンダー
国籍
Japan(日本)
生年月日
1984年9月22日
身長
170cm
体重
65kg

体格の読み解き:パワー型 — がっしりした体格が生むパワーが持ち味。ゴール前のスプリントや石畳のクラシックで力になります。

経歴
NIPPO・梅丹(2007)→ 梅丹本舗・GDR(2008)→ Bboxブイグテレコム(2009–2010)→ ユーロップカー(2011–2015)→ ランプレ・メリダ(2016)→ バーレーン・メリダ(2017–2019)→ バーレーン・マクラーレン(2020)→ バーレーン・ヴィクトリアス(2021–2024)→ ソリューションテック NIPPO ラーリ(2025–)

Story

この選手を知る — グランツールに16回出て、16回とも完走した

沖縄県石垣市の生まれ。ハンドボール部を引退した八重山高校3年から、自転車競技を本格的に始めた。父の知人のプロ、福島晋一・康司兄弟が合宿で島を訪れたとき、上り坂の練習で兄弟に付いて行けたのは新城だけだった。2003年4月、兄弟に誘われ、ロードレースのため単身フランスへ渡った。2009年のツール・ド・フランスから2023年のジロまで、グランツールに16回出て16回とも完走した。ツールでは2012年の第4ステージと2016年の第6ステージで逃げ、どちらもその日の敢闘賞を受けた。2023年のジロの最中には、集団に隙間を作ってはエースのジャック・ヘイグを入れる自分の仕事を「テトリスと一緒です」と語った。

#献身

出典(12件)

琉球新報(2020年10月14日):「上り坂の練習で、ただ一人、2人に付いて行けたのが新城だった」「中学、高校はハンドボール部だった」 ↗琉球新報(2020年3月19日):「本格的に競技を始めたのは八重山高3年の頃」「高校までのめり込んでいたハンドボールを引退し」「「一緒にフランスでロードレースやらないか」と誘われ、2003年4月に単身渡仏を決めた」 ↗cyclowired(2023年5月31日):「無事に16回目のグランツール完走できたことを嬉しく思います」 ↗J SPORTS 選手名鑑2026:「16回のグランツール完走は日本人最高の数字」 ↗Canadian Cyclist(2012年ツール第4ステージ):「As soon as racing began Yukiya Arashiro (EUC) attacked. He was joined by Moncoutie (COF) and Delaplace (SAU)」 ↗AFPBB News(2016年7月8日):「ランプレ・メリダ(Lampre-Merida)の新城幸也(Yukiya Arashiro)が敢闘賞を獲得した」「ヤン・バルタ(Jan Barta)とともに逃げを打って出た」 ↗web Sportiva(2016年7月2日):「2012年の第4ステージでは敢闘賞を獲得し」 ↗サイクルスポーツ(2023年ジロ中のインタビュー):「人を押しのけてジャックにここに入れと言って、ジャックが入ったらまた次のスペースを作りにいく。テトリスと一緒です」 ↗web Sportiva(2016年3月16日):「新城がまさかの大腿骨骨折の重傷を負ったのは2月12日」 ↗Yahoo!ニュース エキスパート 宮本あさか(2026年2月3日):「受け取ったものは返さなければいけません」「僕がやってもらったことを、上から下に」 ↗ツアー・オブ・ジャパン公式 大会記録(2007年):「新城幸也(NIPPO・梅丹)」 ↗Yukiya Arashiro — Wikipedia (en) ↗

つながり

ひとくちメモ

  • 骨折した年の勝利2016年2月に落車で左大腿骨を折り、同じ年の6月にツアー・オブ・ジャパンの伊豆ステージで勝った 出典 ↗
  • 同タイムの総合優勝2012年のツール・デュ・リムザン最終日、一緒に抜け出した選手と総合タイムが並び、ステージ順位の合計が少なく総合優勝した 出典 ↗
  • 返す番2026年、育成チームの20歳下の若手について「僕がやってもらったことを、上から下に」と語った 出典 ↗

主な戦績

ワンデーレース・クラシック

  • アジア選手権ロードレース2011
  • ナショナル選手権ロードレース2007, 2013, 2022

出典: Wikipedia

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