Beginner's Guide

パワー数値図鑑

「6.5W/kgで20分」「VAM1,800」——中継や分析記事で飛び交う数字の意味がわかると、山岳の攻防は何倍も面白くなります。プロの強さを測る物差しを、順番に見ていきましょう。自分の体重を入れて、プロの数字を「自分ごと」に換算するコーナーもあります。

なぜプロは「ワット」で語るのか

スピードは風向きや路面で変わり、心拍数は体調で揺れます。ところがペダルを踏む力そのもの——パワー(ワット)——は、条件に左右されない絶対値です。1980年代末にクランクで出力を測る「パワーメーター」が登場して以来、プロのトレーニングもレース戦術も、この数字を軸に組み立てられるようになりました。

山岳でアシストが延々と一定ペースを刻むのも、エースが「あと何分この出力を維持できるか」を計算してアタックの瞬間を選ぶのも、すべてワットの管理。現代のロードレースは、脚と心臓と同じくらい、数字のスポーツでもあります。

100Wってどのくらい?——ワットの体感ものさし

「300Wで登っている」と言われても、最初は誰もピンと来ません。幸い、家電のワット数と人間の出力は同じ単位なので、そのまま比べられます。棒をタップすると、その出力が「ふつうの人」と「プロ」それぞれにとってどんな数字かがわかります。棒の長さは力の大きさそのまま——ゴール前スプリントの1,500Wがいかに別世界かも、一目で見えてきます。

100W — ママチャリペース

例えるなら
明るめの白熱電球1個(100W)をともし続ける力。
ふつうの人だと
ママチャリでのんびり走るくらいの力。運動習慣のない大人が長時間保てるのは、だいたいここまでです。
プロだと
レース翌日の回復走レベル。プロにとっては「休んでいる」強度です。

※家電のワット数は一般的な製品の目安です。

W/kg——登りの強さの正体

平坦では空気抵抗との戦いなので絶対的なワット数がものを言いますが、登りでは重力との戦いになるため、体重1kgあたりのパワー=W/kgがほぼそのまま登坂スピードを決めます。同じ300Wでも、体重60kgの選手は5.0W/kg、75kgの選手は4.0W/kg——峠では前者が確実に速い。クライマーが軽量なのはこのためです。

体重60kgなら——初心者水準の2W/kgは120W。総合エース級の6.5W/kgなら390Wで、電子レンジの「500W」モードに迫る出力です。プロは4〜5時間走ってきた脚で、これを最終峠の20〜30分間、出し続けます。

レベル持続W/kgの目安あなたなら(60kg)イメージ
自転車を始めたばかり約2120Wゆるい登りでも会話が途切れるあたり
週末サイクリスト約3180W峠を自分のペースで登り切れる
国内アマチュアレーサー約4240Wヒルクライム大会の上位圏
プロ(アシスト)5〜6330W山岳で数十分エースを牽き続ける水準
総合エース6〜7390Wグランツールの最終登坂を制する領域

※20〜60分の持続出力の大まかな目安。効率や機材でも変わります。

FTP——「1時間の物差し」

FTP(機能的作業閾値パワー)は「約1時間維持できる最大パワー」のこと。トレーニング強度の基準として世界中のサイクリストが使う、いちばん有名なパワー指標です。トップのグランツール選手はFTPでもおよそ6W/kg前後という、途方もない水準にあります。

大事な注意がひとつ——レースのフィニッシュタイムから「FTP」は計算できません。集団走行では風よけで3〜4割も省エネできるため、タイムと出力が結びつくのは単独で登った登坂区間だけ。だから分析者はステージ全体ではなく、最後の峠の「登坂タイム」に注目するのです。

VAM——峠を測るイタリア生まれの数字

VAM(平均登坂速度)は「1時間あたり何mの標高を稼いだか」。登坂タイムと標高差だけで計算できるため、パワーメーターのデータが公開されない選手でも比較できる、観戦者にとっていちばん実用的な数字です。トップ選手が長い峠を全力で登るとVAMは1,700〜1,900m/hに達します——エレベーターなしで30分ごとにエッフェル塔のてっぺんまで階段を駆け上がり続けるようなペースです。

当サイトのブエルタ・ア・エスパーニャ2026のステージデーでは、報道で登坂タイムが確認できた峠のVAMを「登坂パフォーマンス」として蓄積しています。

「推定W/kg」の正体——当サイトの計算と限界

選手の実際のパワーデータは非公開が普通です。そこで分析者は、VAMと勾配から出力を逆算します。当サイトも広く使われる簡易モデル——推定W/kg = VAM ÷ ((2 + 勾配% ÷ 10) × 100)——を採用しています。たとえばVAM 1,875・勾配7.9%なら約6.7W/kgです。

ただしこの数字は、風・ドラフティング・機材重量・標高(空気の薄さ)をすべて無視した推定値。実際の出力とは1割前後ズレることがあります。だから当サイトでは必ず「推定」と添え、FTPとは呼びません。数字は物語を面白くする道具であって、選手を裁く物差しではない——これが当サイトの数字との付き合い方です。

用語の意味は用語集のVAM、実際の記録はブエルタ・ア・エスパーニャ2026の登坂パフォーマンをどうぞ。

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